植物による水のコンディショニングー浄化
植物が水圏に与える影響は極めて大きく、たとえば森林においては樹木やその他の植物の根を含めた総重量の50%以上は水で、栄養塩類(すなわち人間などにとっては汚染物質)を成長に伴って何千(万?)倍も吸収し多量の水とともに貯蔵します。さらに、落ち葉などの炭水化物を供給して細菌やキノコを育成しこれらがまた浄化に寄与します。地表を流れる水においては、水中にも植物が繁茂して物質循環や浄化に寄与しています。植物遺体が持ち込む多量の炭化水素による酸化還元電位の低下は硝酸などを分解するので重要な浄化メカニズムの一つとなります。 koこのように、水中や水上に生育する植物は我々の水環境と深いつながりがあります。そのわけは植物は光を受けて、また炭水化物を合成してその100倍近い水を吸収しそのなかに水中に溶けている無機物を1000倍以上も濃縮しながら著しく体積を増大させ、また種々の生物の栄養源を生産ることにあります。
次に、植物とはどういう生物のことであるかを考えてみます。以前は、細菌やカビやキノコなども植物といっていましたが、現在ではクロロフィルによって光合成をする生物の総称と考えてもよいでしょう。また、クロロフィルが緑色をしていることから、緑色植物ということもあります。このクロロフィルを持つ生物の光合成の特徴は地球上に豊富に存在する水を光の作用で分解して水素を取り出し、この水素と炭酸ガスを化合させて生命活動のエネルギーのみなもとである炭水化物を作り出すことにあります。むつかしくいうと光のエネルギーで炭酸ガスを水素で還元するわけです。ここで副産物として発生する酸素は細胞にとって大変有毒なので直ちに酸素ガスに変えて大気中に放出してしまいます。従って、植物にとっては酸素は有害な廃棄物というわけです。 植物は水圏をはじめ地球上でもっとも量の多い生物であるうえに、豊富な太陽エネルギーを利用して活発な生命活動を営むため、地球上の生態系に重要な役割を果たしています。
アオコで知られるラン色細菌はクロロフィルにより光合成をおこない酸素を放出するのでラン藻といい、れっきとした植物である下等水棲植物である藻類の仲間に入れられていましたが、分子生物学が発展するとともに細胞や遺伝子の特徴が、いわゆる植物的な藻類とは大きく異なることが明らかとなり現在では細菌の仲間に入っています。細菌はこれに対して原核生物といい、ランソウはこのタイプですのでラン色細菌と呼ばれるようになったわけです。このことを考慮すると植物とはクロロフィルを光合成色素としてもつ、遺伝子の存在形態による分類である真核生物であると定義することができます。 光合成をするけれども異なる光合成色素を用いる光合成細菌は植物に含めません。この、光合成細菌は一般的には水を分解しませんので酸素を放出しません。ところで高等植物とは種子を作る植物をさすようですが、厳密な生物学用語ではありません。また、植物プランクトンとは存在形態による分類であります。
以上をまとめると植物のもつ浄化効果はつぎのような因子にまとめられます。
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人間の”美的感覚”による自然破壊ーコイとホテイアオイ
このあたりや石手川周辺でよく見られる大型の沈水生植物はマツモ、エビモ、ササバモ、フサモ、クロモなどで維管束植物のうちの被子植物に属する花の咲く植物で、日本の伝統的な種です。しかしこれら沈水性植物は水面から眺めると見えなかったり美しくなかったりします。筆者の通勤路の途中の家並みの間に自然の泉があり、このなかにかつて日本人にはコイとともに親しまれましたが、現在では見ることもまれになったマツモ(右の写真)が独占種として多数自生しているのをみつけて驚きました。マツモは太陽光をうけると酸素の泡を顕著にだすので小学生の理科の実験で使われていたことがあります。ところが、2年ぐらい前に、近所のため池(水質のきわめて悪い)で美しい花を咲かせているのを見てか、だれかがホテイアオイを移植しこれが水面を瞬く間におおって泉を遮光し美しいどころかコイも死にドブと化してしまいました。それでこんどはこの移植したホテイアオイを全部ひきあげて底もさらえて立派なコイをいれていました。しかし、今は水中にかつて自生していたマツモのこと、いやマツモが自生していたことさえ知る人もなく、ただのコイの池になっています。私は、ホテイアオイに遮光され、ドブと化した中にマツモが生き残っていていつかまた隆盛となることを思い毎日覗き込んでいます。これはわずか1年ほどの間の出来事でありました。この事件は日本の環境問題の取り上げられ方を象徴しているようです(表層的、短期的、経済的、そして政治的ー哲学や理念の統合性の不在、ヨーロッパでいうと
中世的のような気がします)。さらに、これら沈水性植物をふくめて、流れの障害物ということもありますが、水路にそういうものが生えていない水を”せせらぎ”と称し自然だと感じる”自然観”を多くの人が持っています。さらに最後にはくさいものにはフタをして暗渠にして遮光してしまいます。その結果、これらの植物は”環境保全派”によってもかえりみられず、生態系において水のバロメーターであるとともに重要な物質循環をになっているにもかかわらず絶滅の淵へと追いやられているような現状であるわけです。
歳時記(19990723)
今年は少々サボっていましたがいままでに見られたことを列挙しておきます。
4月ー5月にかけて愛媛大学メインキャンパスの北側の水路(理学部横)でササバモの大群落が形成されていました。どうやら去年の秋から越冬した一部の栄養体が早春に成長をはじめた結果のようでした。
農学部のキャンパス近くの水路では6月の大雨でも流されずに残ったじゅうたん状のイトモの幼植物の群落がそこそこ成長してきています。去年と同様8月に最盛期を迎えるものと思われます。
近所の泉ではマツモがいつものように成長しコイと同居している姿が今年もみられ、ほっとしています。往時の繁茂を思わせる勢いです。町内会が徹底的に掃除してしまわないことを祈っています。
歳時記(980813) 最近5年間ぐらいの観察で、愛媛大学農学部周辺(松山市樽味、桑原、正円寺、東野、畑寺など)に生育が確認された沈水生維菅束植物(高等植物)は、エビモ、ササバモ、ヤナギモ、フサモ(石手川)、コカナダモ、マツモ、イトモなどです。綿密に調査したわけではありませんが、今年はササバモ、ヤナギモ、フサモはまだ確認していません。また、今年は8月現在でイトモとコカナダモが水路で優勢になっています。とくにイトモは数が多く水路の豊富な水の流れにゆれているさまはいかにも涼しげです。エビモはイトモやコカナダモに混じって伸び始めたばかりのようで数も少ないです。マツモは上述の泉に生育していますが、往時の繁茂にはまだ程遠いようです。
水路にそよぐイトモの群落(松山市正円寺)
次に述べる車軸藻はもう少し下等な大型沈水性植物ですが、去年、このあたりでは松山市東野のため池に繁茂していることがわかり安心していたところ、今年いってみたらブルドーザーで底をならしていました。ここでまた一つ日本の水が消えました。今年は別の池を探してみようと思っています。そしてこのような植物たちが他の水域とともに同じように姿を消していくことに日本本来の水質が失われていっていることが反映されていることを思うと、日本の水環境の保全の無知、無軌道ぶりが案ぜられます。生態系にとってはごく一側面でしかないダイオキシンや環境ホルモンも結構だがこちらのほうはどうなっているのだといいたくなります。
日本の水系環境の重要な構成メンバーである車軸藻や沈水生植物のネットワークを作りませんかーこれら水生植物の情報をお持ちの方や興味のある方ははぜひメールをくださいDr. Shunnosuke Abe
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汚染の指標植物としての車軸藻
車軸藻は、かつては日本の水系に普通に見られた大型の沈水生の植物で、湖沼、池、田、水溜まりなどに、それぞれの環境に適応した種々の種類が豊富に分布していました。このような普遍種が1970年代を境に絶滅状態に近くなっていることは、元々の希少種が絶滅に瀕するのとは違った、きわめて重大な意味を持ちます。車軸藻は井戸水や河川水程度の栄養でも十分に育つ植物であるとともに車軸藻は多くの大陸共通種並びに日本特産種を含み、太古の昔から日本の水系に繁茂していたと考えられています。しかしながら、この20年ぐらいの短期間に、日本特産種を含む多くの種はすでに絶滅したと思われます。このことは日本の水の危機的状況を如実に反映しているといえます。 次の写真にあるのがスエヒロフラスモ(Nitella expansa Allen)で日本特産種として今堀宏三博士により記載されています。往時は、香川県の万能池、京都府のみどろが池に生存が確認されていましたが現在では絶滅したと考えられます。 細胞壁が柔らかい特殊な車軸藻ですが、生育にはそう特殊な条件を必要としません。酵素処理により巨大なプロトプラストを生じることが特徴で、電気的細胞融合の発見とその基礎研究に使われた”栄光の種”です。
最近、車軸藻の生態学的指標としての重要性が認識されつつあり、環境庁が全国46の湖沼での車軸藻の分布の調査を行っています。
野尻湖での車軸藻復活の取り組みー水質保全、車軸藻の復活とそれが育つような水質の復元と保全の象徴としての位置づけの試みが行われています。
千葉県立市川西高等学校理科部 森嶋秀治 -> http://www.joy.hi-ho.ne.jp/nitella/
http://www.eic.or.jp/eanet/redlistS/List.html