日本農芸化学会藪田セミナー 
遺伝子発現とシグナルトランスダクション

ーー>開催場所等 

農芸化学会誌98年9月号にも掲載(72巻 9号 68−72ページ)

要旨集が必要な方は下記宛てに申し込んでください。

(7908566)愛媛県松山市樽味3-5-7 愛媛大学農学部応用生命化学 
 分子細胞生物学研究室 御中

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      プログラムおよび講演要旨集



日時  平成10年5月16日(土曜日)
場所: 愛媛大学農学部大講義室







主催 愛媛大学農学部生物資源学科応用生命化学コース
分子細胞生物学研究室






日本農芸化学会藪田セミナー 
遺伝子発現とシグナルトランスダクション


プログラム
 

平成10年5月16日(土)

午前の部 .8:30−12:10

    開会の辞         ・・・・・・・・・・・  8:30−8:35
 
1 ヒトにおける染色体構造と発現異常     
   愛媛大学医学部教授 近藤郁子 ・・・・・・・ 8:35−9:40  

2 酵母におけるフォスフォリパーゼの発現と細胞生理
   愛媛大学農学部教授 玉井洋一 ・・・・・・・ 9:50−10:50

3 大腸菌アデニレートシクラーゼ遺伝子のプロモーター領域の構造と転写調節
   近畿大学生物理工学部教授 駒野徹 ・・・・・ 11:00−12:10


午後の部 13:10−17:30
 
4 植物における遺伝子発現の場とシグナルトランスダクション
   愛媛大学農学部助教授 阿部俊之助 ・・・・・ 13:10−14:15  
 
5 植物における遺伝子発現の過渡的調節とシグナルトランスダクション
   京都大学農学部助手 竹田淳子 ・・・・・・ 14:25−15:40
 
6 植物の環境ストレス応答と耐塩性植物の作出
   愛媛大学理学部教授 林 秀則 ・・・・・・・ 15:50−17:00
 
7 総合討論       ・・・・・・・・・・・ 17:10−17:30
 
  懇親会        ・・・・・・・・・・・ 18:00−20:00

 
はじめに

 
 細胞において生命の根源を担う遺伝子はDNAからできていますが、細胞はDNAだけからできているのではなく、容易に目に触れる細胞のかたちや成分との間に隔たりがあるように見えます。この隔たりを埋めるのが遺伝子発現とよばれるものであり、外界の環境を受容しながら生命体の調和を取るのがシグナルトランスダクション (信号受容と伝達) であるといえます。そして、これらの活動を集約している細胞の構造と機能の理解の著しい蓄積は、育種の手段としての生命の改変のみならず、生命の設計すら可能にしようとしています。
 このような分野においては学問領域が細分化し専門化する時代は次第に終焉し、拡大統合化される時代へと変遷しつつあり、特にシグナル受容や遺伝子発現の細胞レベルにおける方向性や局在性の研究においては、細胞生物学的あるいは形態学的知見と遺伝子発現とを関連させながら、分化や成長などの種々の細胞機能や細胞生理を分子生物学的に研究する分子細胞生物学的アプローチは近年重要性を増しています。特に、このような分野においては、応用研究は突然現れるのではなく、実験と考察をたゆまず繰り返すことにより沸き上がってくる疑問への回答を営々と積み重ねる期間が必要で、ある時それらを統合する考えが出現し一気に夢が現実のものとなる過程を繰り返しています。応用技術だけが先行して開発されることはないといっても過言ではありません。本講演会ではこのような基礎的な研究の最先端を紹介し、そこでは、これは何だろう、どうしてだろうという疑問の連続であり、誤っているかどうかもわからない教科書にはない世界が広がっていますし、はじめに意図したこととは異なった思いもかけないことが浮かび上がってくる世界でもあります。そして、積年の疑問が氷解しそのような中から新理論や応用のシードが彷彿する数奇な世界と隣り合わせであり、またこれが生命研究の醍醐味のひとつであるといえます。本講演会で述べられる事柄は、5年か10年先に、あるいはすでに応用の段階をむかえているかもしれません。そして、遺伝子は自然の創造物であると同時に限りない可能性を秘めたものである、そういったことがわかっていただければ幸いです。
 最後に、本セミナーにおいて、講師の方々の熱意によりヒトの染色体、微生物、植物などの重要な生物における遺伝子発現とシグナルトランスダクションに関する分子細胞生物学的トピックに関する講演会を企画する機会を得ましたことはたいへん喜ばしく思っております。主催者一同は参加者の皆様および講師の方々はもちろんのこと、本講演会をサポートしていただいた、日本農芸化学会ならびに薮田基金に厚く御礼申し上げるとともに、本講演会の準備にご協力いただいた応用生命化学コース教官各位並びに大学院ならびに学部学生諸君に感謝いたします。

     世話人 愛媛大学農学部助教授 阿部俊之助
      主催 分子細胞生物学研究室

生命科学の基礎知識参照     



講演要旨

1 ヒトにおける染色体構造と発現異常 
          愛媛大学医学部衛生学教授 近藤郁子  
 ヒトの遺伝子発現量は遺伝子発現的効果 (gene dosage effect) としてよく知られており、染色体数と遺伝子発現量は相関する。しかし遺伝子発現量の変化を伴う染色体構造異常として腫瘍細胞における染色体転座や逆位なども知られており、遺伝子発現機序の解明に有用な情報も提供してきた。また、ヒトにおいても遺伝子の刷り込み現象として認識される、遺伝子の不活性を伴う遺伝子の存在が染色体異常の個体の研究によって次々と明らかになってきた。染色体異常を伴う患者において検出された遺伝子の刷り込みは、分化した組織における遺伝子の発現調節をも担っていることが解明されつつある。最近のゲノムのDNA情報の蓄積によって、ヒトの遺伝子発現はDNA情報を中心に解析されているが、簡便な染色体分析によっても多くの情報が得られることから、染色体構成と遺伝子発現の関係を常に関連してとらえられねばならない。


2 酵母におけるフォスフォリパーゼの発現と細胞生理
          愛媛大学農学部教授 玉井洋一  

 動物細胞由来のリン脂質脱アシル化酵素 (ホスフォリパーゼ) は消化酵素として機能する以外に組織の炎症や細胞における各種メディエーター産生と深く関連していることから、さかんに研究されている。一方、酵母は大腸菌と並び生物の代謝経路の解明や各種酵素反応機構の研究にとって都合のよい研究材料であると同時に発酵産業界においても重要な微生物の一つになっているにもかかわらず、この酵素におけるリン脂質脱アシル化酵素に関する研究はパン酵母Saccharomyces cerevisiae とTorulaspora delbrueckii および病原性酵母 Candida albicans を中心に酵素学的研究が行われているに過ぎなかった。しかしながら、最近になって S. cerevisiae とT. delbrueckii からその遺伝子がクローニングされ、同酵素の構造と活性や酵母における生理学的役割についての詳しい情報が得られるようになってきた。ここでは、私たちによってこれまで明らかになってきた酵母 T. delbrueckii 由来のリン脂質脱アシル化酵素の酵素学的、タンパク質化学的性質を概説するとともに、T. delbrueckii の耐久力と同酵素活性との関係ついて述べる。併せて、これまでに明らかにされた酵母類やカビ類由来のリン脂質脱アシル化酵素の諸性質についても総括する。

3 大腸菌アデニレートシクラーゼ遺伝子のプロモーター領域の構造と転写調節   
         近畿大学生物理工学部教授 駒野徹
           
DNAにコードされているタンパク質の情報は転写の課程を経てmRNAとなり、mRNAはタンパク質合成装置の上で遺伝情報をタンパク質に翻訳する。それゆえ、転写は遺伝情報を読み取るための重要な段階である。細胞は成長の時期や栄養状態によって必要とするタンパク質を転写する。転写はそれゆえ、厳密に調節されている。その一つの例として、大腸菌のアデニル酸シクラーゼ遺伝子(cya)の転写調節機能について述べる。大腸菌のcya遺伝子を単離解析した結果、cAMP-CRP複合体結合部位 (CRP部位) がcya遺伝子のプロモーター領域にオーバーラップして存在していることが明らかとなった。その結果、cya遺伝子は細胞内cAMP濃度が上昇するとcAMP-CRP複合体がCRP部位に結合し、cyaの発現を抑制することにより、ATPからのcAMPの生成が抑制される。一方、細胞内cAMP濃度がホスホジエステラーゼなどの分解酵素により低下すると、cyaの発現が促進され、cAMPが生成する。大腸菌のfic (filamentation induced by cAMP) 変異株においては、細胞内cAMP濃度が上昇すると細胞が伸長し、低下すると伸長した細胞の隔壁合成が進む。この事実は、cya遺伝子の発現と細胞の伸長とが同調していることを示している。fic遺伝子はp-アミノ安息香酸合成酵素遺伝子 (padA) の上流に位置していてオペロンを形成しており、葉酸生合成の調節が細胞分裂系に存在していることを示唆している。


4 植物における遺伝子発現の場とシグナルトランスダクション
         愛媛大学農学部助教授 阿部俊之助  
 
 遺伝子が細胞という構造体を形作り、その中に宿るということが生命の実在の姿であり細胞は生命の主役である。すなわち生命を理解するには、遺伝子と細胞構造の両面を知ることが重要である。真核細胞においては、多くのオルガネラが存在しまた細胞質中での機能や構造の分化が著しい。真核細胞においては時間に対して変化し得る、細胞質の立体的で動的な組み立てが重要な細胞機能の要素であり、いくつかの特徴的なタンパク質繊維系、すなわち微小管、マイクロフィラメント、中間径フィラメントなどを主体とする細胞骨格系が重要な役割を果たしている。植物においては、他の真核生物におけるように、細胞質中にタンパク質の繊維系からなる細胞骨格が存在し、形態形成や細胞運動を始め遺伝子の発現やシグナルトランスダクションなどの代謝・生理にも関わっている。植物細胞においては、特有の細胞骨格繊維系が存在するとともに細胞質ポリゾームの大半が細胞骨格に結合して存在する。これらの細胞骨格に結合したポリソームは高い翻訳活性をin vivoでもつ。これらは細胞膜や内膜系とも結合し細胞骨格―膜複合体 (CM―complex) を形成していると考えられ、遺伝子の発現や代謝の方向性や空間配置の制御や、種々のレセプターと関係して重力、圧力、並びに障害などのストレスを始め種々の細胞外環境の受容と伝達に役割を果たしている。

 
5 植物における遺伝子発現の過渡的調節とシグナルトランスダクション           
         京都大学農学部助手 竹田淳子
   
 UV-B光 (波長280〜320 nm) は、DNA、タンパク質などに損傷を与え生物 (とりわけ動くことのできない植物) の生存を脅かす。植物の陸上への進出は UV-B 防御機構 (アントシアンやフラボノイド蓄積による UV遮蔽フィルター) の獲得にあったと考えられる。ニンジン培養細胞では UVによりすばやくアントシアンが合成されるが、この合成系をモデルとして、 UV 防御機構の分子レベルでの解明をめざし私は以下の点を明らかにした。
 
(1) アントシアンの蓄積、合成系の鍵酵素であるフェニルアラニンアン
モニアリアーゼ (PAL) やカルコンシンターゼ (CHS) の遺伝子発現レベルでの作用スペクトルは、すべて等しく280nm 付近にピークを持ち UV-B 光受容体の関与を示唆するものであった。

(2) この作用スペクトルは PAL 遺伝子の一つ gDcPAL1によるが、この
遺伝子のプロモータ解析から、非特異的 UV (UV-B, -C) 応答と区別して、 UV-B に特異的に応答するモチーフとして-394〜-291 に存在するTCTCACCAACCC (Box L 類似配列、myb 結合モチーフとしてアントシアン合成系酵素群に広く存在する) を示した。

(3) このモチーフは糸状菌エリシターに対する応答では、エンハンサー
 として機能している。

(4) シグナル伝達に関わる各種阻害剤を用いた解析から、 UV-B 特異
的シグナル伝達系は、エリシター、機械的刺激および非特異的UVに対する応答とは異なり、特異的阻害劑はなくいわゆる SOS 機構との類似性を思わせるものであった。



6 植物の環境ストレス応答と耐塩性植物の作出
         愛媛大学理学部教授 林 秀則

 多くの陸生植物は塩分に対する抵抗性が弱く、塩害は乾燥や温度変化とならび世界の農業生産量を著しく制限している。したがって耐塩性・耐乾燥性の強化は植物の遺伝子操作における最重要課題の一つである。海浜植物や乾燥地の植物には塩ストレスに対する耐性機構を備えているものがあり、ある種の植物は適合溶質と呼ばれる低分子化合物を合成、細胞内に蓄積する。グリシンベタイン (以下ベタインと略記) はホウレンソウやハマアカザなどのアカザ科の植物の合成する適合溶質の一つであり、葉緑体内で合成され、また光合成を塩による失活から保護する作用がある。ベタイン生合成の経路は生物によって異なるが、土壌細菌 Arthrobacter globiformis における合成系は最も単純で、一つの酵素(コリンオキシダーゼ)によってコリンからベタインが合成される。本研究ではこのコリンオキシダーゼ遺伝子をシロイヌナズナに導入し、細胞にベタインを蓄積させて塩害や乾燥に強い形質転換植物を作出することを目的とした。
 土壌細菌A. globiformisからコリンオキシダーゼの遺伝子codA)をクローニングし、これをアグロバクテリウムを介してシロイヌナズナに導入した。形質転換シロイヌナズナでは、コリンオキシダーゼが葉緑体に局在し、ベタインが生成、蓄積した。この形質転換体を野生株と比較したところ、発芽、芽生え生長した個体で耐塩性の増強が観察された。また塩ストレス下における光合成活性の耐塩性の増強が観察された。さらに形質転換植物は低温ストレスに対する耐性も増強していた。これらの結果をもとに形質転換植物における適合溶質の蓄積が植物の環境ストレス応答に及ぼす効果について検討する。 





 
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