私たちはいったい何の安全を守りたいのでしょうか

  今度の7月から改正JAS(日本農林規格)法が発効し、スーパーなどの店頭から”有機”の表示が消えました。 この言葉の問題はすでに述べておきましたが有機農法の問題)、それ以上に問題なのはその厳格さです。 一見、いままでの”適当”からより合理的に消費者を守るためと思いがちですが、実は大きな落とし穴があるのです。 まずその一つは”有機”の表示が許されるためには農薬を絶対使ってはならないとともに農地を定期的に分析検査し農薬がないことを証明しなければならないということです。 ということは、日本のような狭小なひしめき合った国情からすると周辺農地からの農薬流入が問題となるケースが頻発すると考えられます。 当然周辺農家とのトラブルも考えられますし、もっと問題なのは、より上流域へと有機農場が移動していく可能性です。 当然、上流に普通の農地のないところまで入り込み農耕や牧畜を営む可能性があり、往々にしてそのような上流域は我々の飲み水の水源域でもある場合があります。 すなわち、有機農法の進出による思わぬ自然破壊と水源汚染が発生する可能性が否定できないということです。 無論どのような農法でも問題点は同じなのですが、普通の農法は採算性や出荷、輸送、作業性などあるいは学校などの利便を考えることが多いので必然的に極端な上流域での営農は避けるわけです(それが過疎化につながるという矛盾にもなるが)。

また、有機農法の旗頭である天敵利用は本当にいいことずくめなのかということもあります。次のページを参照してくださいー>天敵利用の”美名”にかくされた問題点

なぜ、そういう不合理な規則かというとEUや米国など広い国土もつ国が主体になって決めた国際基準を国情を考えずに、反GMOの大合唱にのって踏襲したからです。 日本では、農産物の輸出はあまり考えられず(ゼロではないが)特に有機にこのような厳格な規制を当てはめる国際貿易上のメリットは皆無であるといってもようだろう。 もっと独自に決めていいのである。へたをすると、”お犬様”につぐ古今の悪法の一つにならなければいいがと心配される。 このつけは消費者が払わされるのである。

 さらに、農薬登録された”農薬”の使用を避けるため、農薬登録できない”農薬”の使用が増大する危険性がある。 その代表例に木材を蒸し焼きにした煙から作った木酢液がある。 これは”幸運”にも農薬登録が不可能なぐらい品質コントロールと有害物、発ガン物質の不含有が証明できないため、農薬登録されていない。 しかし、病虫害防除のジレンマにいよいよ立たされた有機農業においてその使用が著しく増加する可能性がある。 このような、無審査の資材は安全審査され登録された農薬より本当に安全なのだろうか。 木酢液を自然で安全だと強弁するほうが問題ではないか。 虫で手におえなくなったらスミチオンでもこっそりまいていたほうがよっぽど良心的じゃないだろうか。 どういう場合であれ、安全審査はきちっとやるべきである。 この観点からも今回のJAS法改正は最低である。

参考ー>農薬の安全性は高い

 さて、この点に関するギャグ(真実?)をどうぞ。

有機農法用資材は本当に無害なの?

  有機農法で用いられる資材のうち木材を蒸し焼きにした煙を冷やして作られた木酢液というのがあります。 これは殺虫や殺菌のために用いられるのですが、安全なんでしょうか。 実は、この資材、農薬に登録しようにも農薬安全性試験に合格は不可能なぐらい有害な成分を含むのです。 だからすごく”効く”わけです。  有機農法支持者たちはこれは自然だから関係ないといいますが、それではなぜ自然の産物の石油はいけないのでしょう。 人工的に蒸留してガソリンや重油にせず、石油をそのまま燃料につかったらいいじゃないですか。 煙がでようと有害ガスがでようと”自然だから”環境にもヒトにもやさしいんだから。  木を人工的に燃やし蒸留する木酢よりはずーっと自然ですよ。

  いったい私たちは何の安全を守りたいのでしょうか、産物?それともイデオロギー(思想)?

 

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