犬(いぬ)

第六段・第二十五段・第二十八段

第六段(一部)

   うへにさぶらふ御猫は、かうぶりにて命婦のおとどとて、いみじうをかしければかしづかせ給ふが、はしにいでてふしたるに、乳母の馬の命婦、「あなまさなや。入り給へ」とよぶに、日のさし入りたるに、ねぶりていたるを、おどすとて、「翁丸、いづら。命婦のおとどくへ」といふに、まことかとて、しれものははしりかかりたれば、おびえまどいて御簾のうちに入りぬ。

 

説明・   宮中の御猫は、殿上人で、命婦という名で、たいへんかわいらしかったので、帝も大切にされていらっしゃった。その猫が端に出て寝そべっていたため、乳母(馬の命婦)が「行儀が悪いから中へ入りなさい」と言ったけれど、猫は日が当たっているところで眠っている。そのため、おどかすために「翁丸(犬の名前)、何処に居るの!命婦をかんでしまいなさい!」と言ったら、本当に犬がとんできて、猫はビックリして御簾の奥に逃げ込んだ。

…という内容です。

    猫に「御」がついているのは、この猫が、天皇の飼っていた猫で、天皇に仕える者として人間と同じように位が授けられていたためです。この猫は雌だったので、女の人の位である「命婦(みょうぶ)」の名をもらっていました。また、女の人が端にいるのは、外から見えやすくはしたないこととされていました。

  ちなみにこの後、犬は天皇の怒りに触れて、いっぱい殴られて追い出されてしまいました。が、出ていった犬もあわれだったのではないか、とみなで心配していると、隠れていたその犬がぼろぼろ涙を流したので、みんな感動して、犬を許してあげた、ということになったのだそうです。

第二十五段(一部)

  すさまじきもの。昼ほゆる。春の網代。三四月の紅梅の衣。死にたる牛飼。ちご亡くなりたる産屋。火おこさぬ炭櫃、地火爐。博士のうちつづき女子生ませたる。方たがへにいきたるに、あるじせぬ所。

説明・ 「うんざりするもの」の紹介。犬のほか、春の網代、3、4月の紅梅重ね、牛に死なれた牛飼い、赤ん坊に死なれた産屋などが上げられています。網代と紅梅重ねは、季節はずれであることが「うんざり」の理由になっています。

 

第二十八段(一部)

  にくきもの。(中略)しのびてくる人見知りてほゆる。(中略)のもろ聲にながながとなきあげたる、まがまがしくさへにくし。

説明・ 「いらいらするもの」の紹介。忍んでやってくる人(逢引きに来た人。当時は男の人が恋人の女の家にこっそりやってくるのが普通だった。)を見つけてほえる、また、声を合わせて長々と鳴き交わしているもとてもいらいらすると紹介されています。このほかでは、知ったかぶりの新人や、恋人が他の女をほめること、着物の下の蚤なども上げられています。

 

 

枕草子で紹介された動物 へ戻る