メチルクロトン酸ーCoA炭酸化酵素欠損症、メチルクロトニルグリシン尿症

当研究室と共同研究者が世界にある他の3つの欧米の研究グループ (われわれより約半年遅れたアクセプト)を出し抜いて遺伝子の構造を明らかにしたヒトMCC(2000年7月、Genomicsにアクセプト)に関する遺伝子欠損症は、これまで世界でもまれな病気と思われていましたが、他の2グループの大衆スクリーニングによる研究により、有機酸尿症のカテゴリー(organic aciduria)ia)のなかでは、一転して、少なくとも欧米で5万人に1人以上の最多の欠損症があることが明らかに。 中間タイプが存在する遺伝病であり、また、組織ごとの遺伝子発現の強さや患者が受けるストレスにも依存するためフェノタイプの把握が難しい面もありそうです。 ポストゲノム時代が喧伝される中、日本では依然この病気が1型と2型に分かれる事すら知られていないなどをはじめ、この病気のフェノタイプの研究は立ち遅れているというより殆ど行われていないといったほうがいい状況です。 数例しかないといわれていたこの遺伝子欠損症を厚労省はじめ関係機関は一刻も早く調査把握し医療機関に情報提供をするべきでしょう。 神経症状から突然死など幅広い症状にかかわっているとされており、潜在患者の多い極めて要注意の病気であるとされるようになりました(Matthias et al 2001: J. Clinic. Invest. 107(4)495-504; Gallardo et al, 2001, Am.J.Hum. Genet. 68:334-346)。 普段は平気でも、強いストレスなどを受けたとき発病したり、あるいは成人までに発病することもあり、幼児期におけるスクリーニングと把握が重要であろうと思われます。 また、この遺伝子中には、健康人でもエキソン上にコード変異を引き起こす一つのSNPがあるなど多数のSNPが存在し、遺伝学的把握は容易であると思われます。

  この研究を通して思うことは、研究が開始された当初では症例が少ないということで価値低しと判断していいのだろうかということです。 もともと植物の細胞骨格の研究という以前はあまり注目されなかった研究の過程でヒトでのこの遺伝子の存在に気づき、6年ほど前に医学部の先生と共同研究を組んだわけです。 しかし、この研究は”手弁当”で(科学研究費等申請してももらえなかった)、大学改革のなかで税金の無駄遣いと悪評の高い”校費”でやってきた結果、この遺伝子のヒトでの解析では世界のトップになったわけですが、ほかに久留米、慶応、島根各大学と協力して症例を集めるというパブリックな作業に極めて苦労しました。 また、この研究の主導大学は、週間朝日に出た30位にもならない切り捨て地方大学?愛媛大学(33位))の医ー農連合軍(といっても教官2−3名と学生数名)だったわけです。 その一方で欧米での政府/民衆支援のおそらくあわせて100人規模の研究グループと精力的な大衆スクリーニング(たとえば新生児などの尿や血液の成分のランダムスクリーニング)による豊富なパブリックデータ-の解析で遂行された上、パブリックデーターの解析が進むにつれて希少な病気どころか、同じカテゴリーでは最多の病気ということまでわかって来たわけです。 日本では、この病気/欠損症についてはいまだ”霧”の中の状態です。 MCC−Aのヒト染色体3番上の位置(3q27)

 このように日本での基礎研究評価と支援に対するスタンスと特に最近の政策は極めて矛盾しているように感じられます。 わからないから少ないのか本当に少ないのかという問題もさることながら、やはり、日本の行政はあくまでも前例があっての、しかも欧米からの導入行政だということを再確信したわけです。 欧米のグループが行ったスクリーニング手法は、”有効なことがわかった”から日本でもやがて導入されるでしょう。 しかしこのような前例主義と結果導入主義は、オリジナリティと研究のリーダーシップの放棄と同じではなかろうか。そして、社会・組織の責任と個人の責任の分担を明確化しないまま、”役に立つことをやれ、リストラだ!”という大合唱のもと、あらたな員数議論(マクロな数字と均一的”単価”のみですべてを規定しようとするやり方)”と”欧米の仕組みのつまみ食い”を引き起こし、わからない段階”での基礎研究切り捨て(役に立たないとして?すぐにお金にならない?)が今後さらに進行するのではないかと危惧されるわけです。 これで日本のポストゲノム時代は万全といえるでしょうか(日経バイテクのポール参照)。 この基礎の有用性と無用性のジレンマに真剣に取り組むことが重要であり、それには学会や政治、大衆の理解の果たす役割も重要な要素であるはずです。 ちなみに、学会や省庁による研究申請の審査やプロジェクトのやり方をそのままにし(これにはどうして欧米のやり方をそのまま真似ないのか不思議だが)、今の社会的認識のもとで国立大学がすでに法人化されておれば、このMCCの研究は、日本では行われていなかったことは間違いないでしょう。 日本の生命科学の立ち遅れの原因は、世間で言われるような大学の責任もさることながら、権威に依存する一方で身近な成果や固有のものの迅速な評価を避け、個人に責任を帰する日本文化のもつ本質(あるいは”奥ゆかしさ”?)にあるのかもしれません。 もっとも不足しているものは、研究費でも末端研究者の資質でもない、ただ単に、基礎から浮かび上がるオリジナリティと発展性を敏感に感じ取りプロジェクト化を速やかに支援する感覚であるといえるでしょう。

 いずれにしても、重要なことがはじめっからわかっているもの、みんなが知っているもの(したがっておのずと引用度は高くなる)は世界中でみんながやっているだろうからオリジナリティを出すのは難しいし、誰かがやってくれるから、必ずしもみんなが手を出す必要はないともいえる(このような当初からの関心が世間でも高い研究は、中央の大学向き?)。 このように考えて見るといわゆる”シンデレラ”的要素を持つ研究は本来地方大学にぴったりなのかもしれない。 少なくとも、ヒトMCCの遺伝子解析で植物研究の成果を利用して、欧米のグループを追い越すことができたということは、本研究室の設立の趣旨のひとつでHPの冒頭にもある、”これまでの生物学に飽き足らないアプローチ”を実践し、完全ではなかったにせよ、その成果を証明したものと、ささやかながら思うのであります。

5-9   植物遺伝子の研究から派生した、ヒト遺伝子に関する研究が出版されました(ゲノミクス72(2)3月。  Human Biotin-Containing Subunit of 3-Methylcrotonyl-CoA Carboxylase Gene (MCCA): cDNA Sequence, Genomic Organization, Localization to Chromosomal Band 3q27, and Expression Obata,K., Fukuda,T., Morishita,R., Abe,S., Asakawa,S., Yamaguchi,S., Yoshino,M., Ihara,K., Murayama,K., Shigemoto,K., Shimizu,N. and Kondo,I. Genomics 72, 145-152 (2001)

http://www.idealibrary.com/links/doi/10.1006/geno.2000.6366 ーAbstract  遺伝子

   4月以前の動き  バックナンバーリスト  最近変更されたページ

2001-7-4


分子細胞生物学表紙に戻る     研究室図書館      総目次