生物多様性条約に内在する矛盾ー開発か保全かの対立はもう古い!新しい世紀は環境の創造の時代

 

  生物の多様性とは、人工あるいは創造を否定する絶対的自然主義において自然保護あるいは環境保護として語られることが多くまた、それは人類の生存に不可欠だという。 しかしながら、確かに、自然を保護するということはすばらしいことである一方でその美名がゆえにしばしばわれわれは方向を見失う。地球規模での人類を含めた人類の生存環境としてみたとき大きな落とし穴を見逃しがちである。 生物多様性条約に象徴される最近の自然保護運動がその典型である。 あなたは自然を保護するために死ねるであろうか。 そもそも、自然環境とは、自然の生物の一員である人類を無視しては語れないし、仮に語っても意味のないことである。 自然環境とは人類のもつ文化と不可分なのである。 かつては自然環境が文化に強く影響し、文化を育んだといっても過言ではないであろう。 ところが現代では人類は意図的にあるいは非意図的に”自然”を大きく変えてきた。 これにより現代の環境問題が深刻化し人類の生存をも脅かしている。 この現状とこれに基づく将来展望の一貫として自然保護が叫ばれているわけである。そして、Mother Nature(母なる自然)が行うことは、基本的に善であるという思想がうまれるのである。はたしてこれは本当に正しいのだろうか。  また、農業において病虫害防除を怠ることは人間の健康を保つ上において重大な犯罪行為にほかならないー>オオカミ男とライ麦

 何年か前に関西空港の近くで毒グモが発生し問題となったが、生物多様性の観点からみるとヒトは危険をおかしてでも殺虫剤による駆除をしてはならない。なぜなら、たった1種の少数の外来種を駆除するのに殺虫剤をまくことで何千という在来の虫が死ぬからである。 同じようなことがサメについてもいえる。愛媛県松山市の海岸でサメにヒトが食われたために大騒ぎでサメを追いまわしていたとき、ヒトがおりに入ってでもサメを保護せよとのたまわったヨーロッパ人の自然保護団体があった。 松くい虫のために山林に農薬を空中散布するなど言語道断であろう。 沈黙の春

  さてここで身近な例をあげておこう。 7年ぐらい前に子供がひろってきたドングリが発芽してしまったので庭の片隅に植えてほったらかしにしておいた。6年前の愛媛県地方を襲った大渇水のときもまったく水をやらなかったため地上部の成長は止まったように見えた。しかしそのおかげで地中深く根をのばし植えてから3年たってようやく元気よく成長をはじめたのだが、せっかく茂った葉を大量発生した毛虫に瞬く間に食われてしまった。 それでも、かぶれるのを覚悟で数匹を手で取るぐらいしかぜず農薬は一切まかなかった。 ところが、ある日突然、多数の鳥がやってきてあっという間に毛虫を駆除してしまった。 成長点はタマバチかなんかにやられてこずえがなくなってしまったがすくすくと成長し、もう2階のベランダに届こうとしている。現在は、鳥がきて毛虫を食べる一方で残った毛虫が冬をのぞき常に葉を食害するが、新しい葉ができる速さが圧倒的に早くほとんど食害が目立たない。 この状態では、少数の毛虫と鳥とその毛虫のえさとなる植物が見事にバランスしている。 家のまどに枝をさしかける位置にあり子供が毛虫にかぶれる危険を承知の上で一度も農薬をまかずにこの”生態系”を維持しているのである。 農薬をまいて人間が気持ちのよいようにすると鳥のえさとなる毛虫がいなくなりどんぐりの木だけの単純な”美しい”系となり生物の多様性は失われてしまう。 しかし、もともと家を建てたことでこの場所の生態系はバランスをくずしもとあった生物の多様性はすでに失われている。 せめてもの”命がけ”の罪滅ぼしか。 なにはともあれ、何回か毛虫にかぶれる騒ぎはあったが、この”命がけ”の試みは子供の情操教育と自然環境教育に絶大の効果があった。

  そもそも人類とは自然の産物ではないのかという疑問が、ここで沸き起こってくる。 生物の進化をひもといてみたとき、ひとつの大きな流れとそれから分岐したもうひとつの母なる大自然の新たな試みを見出すことができる。 はじめの大きな流れとは生物の進化とは遺伝子DNAの進化である。 これにより生物は40億年をかけて多様に進化し種々の環境に適応して現在の地球環境を作り上げてきたのである。 これらの生物たちは遺伝子DNAに刻まれたことがすべてといってよく、これによって生活や繁殖をDNAに刻まれたとおりに世代をこえて繰り返してきたといってよい。 いいかえれば遺伝子が変わらなければこれら生物の行動も変わらないということである。 この世界においては環境に適応できない遺伝子をもつ生物は淘汰され、適応したものが生き残る。ところが、この遺伝子が進化し人類が生まれる過程で、この”母なる自然”は生物の生存をかけて一つの大きな試みをしたのである。 さて、この試みとはなにかおわかりだろうか。 それは、遺伝子にコードされない”遺伝”と”進化”、すなわち文明である。 古代史をひもとけばすぐにわかるように、文明はその優劣により栄枯盛衰を繰り返してきた。 しかし、繰り返したのは栄枯盛衰であって、決まった種類の文明の輪環ではないのである。 文明は栄枯盛衰を繰り返すたびに始まりとは異なったステージに達しそれがまた、つぎの栄枯盛衰を誘導するのである。 それを繰り返すうちに、全体として人類の数、すなわち人口は着実に増加しつづけ、現代において単一の種類の大型動物としては、おそらく過去最大規模に達し依然増加をつづけているのである。 この文明を担う人類の遺伝子はサルと比較してもそれほど大きく変わっていないが、その文明様式は多様であり、しかもその多様性は遺伝子にコードされていないことは確実といってよい。 その一例が人類の食習慣である。 生物がなにをどのようにして栄養にするかあるいは食べるかは生物の生存に直接的に関係をもつから、一般にきわめて保守的でありその様式の多くは遺伝的に決定されているのが普通である。すなわち、生物をつかさどる遺伝子の役目なのである。 

 ところが人類は、基本的な栄養素とその吸収、同化方法が遺伝子にコードされているのみで、何をどのように食べるかはその個体の判断にまかされているのである。 この個体の判断の集合体が文化であり文明であるといってよいだろう。 ある文化においては毒があるとして食べないものでも別の文化では、しばしば他に食べるものがあったとしてもそれを食する。 フグがその例である。 自然の食物連鎖ではフグは脊椎動物の中枢神経を麻痺させる強力な毒素を生殖器や時に全身に持つことによって他の脊椎動物(魚類)の捕食者を忌避させる。 フグを口に含むことによる”しびれ”で吐き出すといわれる。 したがって遺伝子に支配されたものたちは(これに対抗することのできる遺伝子をもたないかぎり)決してフグを好物とはしないのである。 ジャガイモはソラニンという猛毒を持つがこれはおそらく昆虫や小動物の摂食を妨げる作用があると思われる。 この毒素に対しては、ネズミ類はヒトよりも強く遺伝的に抵抗性がありジャガイモを食することができる。しかし、300年ほどまえにヒトはその毒素がどういうときにどこに蓄積するかを見抜き見事に食用にしたのである。 このソラニンに対する”知的抵抗性”は遺伝子に直接コードされていないし、まして300年まえにヒトの遺伝子が突然変異して抵抗性が生じたわけでもないのである。 逆に毒性のないものを忌避する例がある。 たとえば菜食主義者は肉類を食べないし、ウニやナマコを食べる民族も限られている。 その一方で、遺伝子を書き換えなくとも考え方や慣習をかえることにより(場合によっては遺伝子の発現を変化させるかもしれないが)これらの食習慣を変更することが可能である。 火をつかうなど、調理法もその粋たるもののひとつであろう。もうひとつの適応方法は”育種”である。ナス科の多くは毒をもつが毒性のないおいしいものへと相手側の遺伝子を作り変えてきたのである。 こう見てくると、人類は食にかんしてきわめて柔軟かつ冒険的であり一種類の生物としては驚くほどの種類の生物を食用とすることを実現しこれが現代の人口と文明を支えるようになった重要な要因である。

  次に重要な点は、人類にとっては自然環境とは創造するものであるということであり、絶対的自然保護は人類の生存とは相反するものであり、やはり文化とか文明といったものと深い関係があり、国や地域で自然は異なるのである。 いやそんなことはない、自然は人類共通のものであるはずだという方も多いだろう。 では、日本列島を考えていただきたい。日本はほぼ南北に3000kmの長さがあり、また、広大な海洋部とそこに点在する島嶼部から成り立っている。 また、海抜でいえばー10000メートル以下の海溝から、4000メートル近い山岳をもっている。 もし、この国が北海道、本州北東、本州西南、四国、九州、沖縄などにわかれていたらどうなっただろうか。 これら地域の自然は今とは大きく異なっていたと考えられる。その違いは、農耕はじめ、それら地域の歴史や文化、経済や人口などにずっと強く依存していただろう。 たまたま、歴史的にひとつの国として運営されるようになったために地域間の交流により似通った部分を多くもつようになったのである。 その好例がイネの分布である。もともと、短日性(1日の長さが短くなると開花結実する)の熱帯ー亜熱帯性植物で九州あたりが北限であったといわれる。この植物がつける種子がひとつの国の食料の”通貨”としての価値を与えられたために品種改良や栽培方法の改良により、その北限を北海道まで伸ばしたのである。 この植物の生産性は人口の増加に寄与し栽培面積の増加とともにこの結果として、生物の多様性が失われどこでも似た農村風景を演出する一因である。 そして、この人口の増加は近代日本の生活と経済を支えていることは論をまたない。 一方で、かつて沖縄方面が独立国であったとき、そこで栽培されていたさとうきびを九州に持ち込むのに大変苦労したという話はあまりにも有名である。このように、国に分かれておれば生物の多様性は維持されやすいのである。

   日本ではこのように南北のきわめて多様な生物の交流が活発であり、生物の移動について否定する文化に乏しいのは当然である。 いいものであればなんでもどこからでも持ってくるという文化であり、これが日本の自然を創造し維持してきたといっても過言ではないのである。 このような観点に立ったとき、生物多様性の条約にはなにかすっきりしないものを感じる。 それは、ヨーロッパ諸国のように国単位にみたばあい限られた範囲の多様性しかないところが集まって、全体として多様性を維持しようと案出したやりかたが基本であるからである。 このようなやり方のために、要するに”全面禁止”形の規制を要求し、逆に国レベルの多様性確保の独自行動を否定しようとする色合いが濃いことである。わかりやすくいえば”現状”をすべて固定せよということである。 日本においては国土の狭い割には多様性が大きいことを考えると6−7カ国分の規制を抱え込むことになる。

 そもそも、地球環境は変遷しその変遷の度合いや程度は国や地域、同じ国でも場所によって異なるのは当然であり、その変遷に応じて生物を移動し、改良し、場合によっては”創造”する必要があるのは当然である。例をあげれば、砂漠や塩害地では、その地域にない生物を使ってでも緑化したいという願望が強いのは当然である。 日本においては、河川改修のやりかたや海浜の埋め立てあるいは山岳道路、ゴルフ場、スキー場などの建設を制限することだけでもかなりの効果があるはずである。、血眼になって移入生物や組換え生物を追いまわしたところでほとんど意味がないであろう。 日本では、もともと人間や物資の移動が多い上、大陸とつながっていた時代があったり、世界的にも有数の渡り鳥の中継地があったり(鳥によって運ばれる生物も多い)、風や南北の海流による生物の移動があったりで生物の移動が多い国でもあることや、これら生物が新たな生態系を作ってきていることも忘れてはならない。 地球の温暖化などに伴い従来の生態系を維持することが困難な局面が生じる可能性も考えなくてはならない。 すなわち、どのような自然像をその地域に描くかという計画性が大事なのである。 このような事情は国ごとにちがい、農林水畜産業、特に食糧確保との関係はデリケートなものがありそのままにせよといわれたら困るところもかなりあるはずである。

 このように、ヒトの安全や快適さあるいは美しさは生物の多様性の維持とは別物であると同時に、今の生物多様性条約は、趣旨は結構ではあるけれども方法論としていささか多様性にかける特定の価値観に基づく手法の押し付けの部分もあるように見えてくる。地域の生物の”自然進化”をこえた生物の再分布が緊要な時代へと移り変わりつつあるというのは確かであろう。 現代は通常の方法では押しとどめることのできない、人口爆発を背景とした恐竜絶滅の時代に勝るとも劣らない環境激変と生物絶滅の世紀であることを直視しなくてはならない。


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