政策を絡めての消費者のGM表示論議-いつもの繰り返しだが、いよいよ正念場? さて、表示をしないのは”フェアでない”という一方で、イデオロギー的反対派が事実をはるかに超えたことで騒ぎ立て安全なものに対して汚名をきせる消費者をおどすのにつかわれるという情報操作上の”フェアでない”やり方を助長すると、表示に慎重な意見も、反対派のやり方をみると説得力がある。 ここにきて、なにか間違っている。 それはやはり、公的表示がもつべき性格の履き違えであろう。 危険である表示ならはじめから売ってはいけない。 GMの場合は選択表示であると主張するならば、選択の情報がバランスよく供給される一方で、選ぶ側の耳元で、危険だなんだとさわがないことである。 だれだって食卓で食事中に、それ食べたら病気になるの害になるの汚いのと、選んだあるいはどれをとろうかと考えようとしているひとに次々畳み掛けるような行為を慎まなければならないだろうがいまの反対派にその基本的な”食事のマナー”があるとは思えない。 そういう意味ではGMを判断する側の人格が形成されていない現在では、特に先進国(のつもり)でGMは早すぎるのかもしれない。参考:”遺伝子組換え使用”表示は表示の原則に反する不当表示 名前だけの表示は不当表示―身近なたとえ話 遺伝子組換え不使用表示に関する重要な問題点

 

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2000-9-19