”食経験”は絶対安全の証明になるかー過去、現在、未来の重大な混同

By SA

 伝統育種は長らくの食経験に基づき危険が淘汰されているから安全ということがよく言われるが、ほんとうにそうだろうか。 過去を勝手に解釈してそのまま、現在、未来へと盲目的に当てはめてはいないだろうか。 たとえばエジプトのミイラにみられる農耕に伴う住血吸虫病死が寿命である時代の食品のリスクとはどれほどであっただろうか。リスクはそれぞれの時代における寿命や健康概念、価値観などに伴って変化する。 ある時代に対する”淘汰”はできていても新たな知識のもとで新たな時代におけるリスクは、例えば発ガン性、アレルゲン、成人病など保証されていないことは明らかである。 安全な自動車を作ってきた技術だから、これからもこれで作った車には衝突安全装置は要らないというも同然である。  次の身近な実例を考えてみよう。

1.皆さんは約30年前からつい最近までナタネ油の安全性について大議論があり知らない間に伝統品種は安全でないと結論されたのをご存知? ナタネ油が米国で食用として認可されたのは1985年、わずか15年まえのこと。 また、日本の伝統種は”ナタネ(B. rape)”で近世になってから別種の”セイヨウナタネ (B. napus)”がとってかわったのをご存知(品種じゃなくて生物種が変わったことに注意)? つまり日本でのナタネの食経験の伝統は約100年前に途切れている。 ナタネ油糧は属の違うものも含めて種類が多く、それぞれの使われ方と食経験は著しく異なる。 さらに伝統種は有害物を含むとして米国では食用が許可されなかった。  最新の栄養学的研究の結果、伝統的なナタネ品種自体にエルシン酸(心臓病)とアリルからし油誘導体(甲状腺腫、生殖障害)、特に前者を多く含むことがわかったのである。 従って低毒品種の育種が不可欠となり、低毒性品種群であるキャノーラ(最初は品種名、のちにカナダ産なたねの総称)が登場した(油脂28巻(4)p87、1985他)。 確かに毒性の高い伝統種は食経験されているが、その時代の健康要因や知識は今とは全くことなり、その影響は調査しようにもデーターに乏しく安全評価できない。 一方、キャノーラは性質、成分の少しずつ異なる品種群(10種類以上もある)で、反GMO論者の言葉を借りれば、未知物質による障害がないかは不明で、しかも5ー30年(品種による)ほどの食経験しかなく次世代などの世代を超えた影響については未評価であるから危険ということになりはしないか。 このように十把ひとからげに食経験によりすべての安全が証明されていると断言できるだろうか。

2 アリルからし油誘導体はナタネはじめワサビ、大根、キャベツ、カリフラワーなど十字科植物の辛味成分で、ネズミに対する致死性毒性はLD50(半数死亡)で330mg/kg体重で普通のネズミだと数十mgが致死量となる。 殺虫剤であるタバコのニコチンが250mg/kg体重程度であるから、ほぼ同様の急性毒性をもつ事になる。多量にワサビを食べればヒトでも死ぬ可能性もあるということである(ヒトでは数分の一量が致死量と考えたらよい)。さらにこのアリルからし油類は長期にわたる摂取で甲状腺機能障害や甲状腺腫をおこす。 世代を超えた影響を含め人への影響ははっきりしないとはいうもののアブラナ科の多偏食は避けるようアドバイスされている。

 さらに毎年姿形だけの新品種が多数世に送り出されているし、同様の例は、稲、ダイズ、ソテツ、ピーナッツ、サツマイモ、トウガラシ、麦類など枚挙にいとまがなく、順次、提示していく予定である。 

 以上の例は氷山の一角であり、食経験があるから安全というのは誤りである。 伝統は安全の代名詞ではないし、育種とその結果の安全性は別物である。技術は古くとも産物は新しいこともある。 食品のリスクは時代の背景と医学、栄養学の知識の程度と他の要因とのバランスで決まり、時代が変われば食用不可となるものやその逆もある。 安全性とはあくまでも相対的である(家が燃えているのに道路に出たら危ないと止めないでしょ)。伝統育種はリスクが淘汰されて安全審査は不用ということを正当化する論理は, 大衆を実験台にしあとで調べることを今まで許されてきたから今後も"既得権"として同じようにやっていくというぐらいだろう。

 


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