科学アカデミーのコメントは完全に日本では誤報道されています。 今朝、新聞で見たらGMOにのみ潜在的危険があるようなことを科学アカデミーがいったかのように受け取られる報道をみつけました。  科学アカデミーのコメントの原文を読むとGMは現在のマーケット商品に関して安全でないという証拠は見つからず安全である。 また、方法論としても伝統的方法と同等である。しかし、(ここが大事)PAをするためにはアレルギー等の関心のあることにたいしての安全性の評価を組織的に強化して(すなわちより説得性を持たせ信頼をしてもらうため、いいかえれば過剰にチェックする)信頼を得る必要がある。 といっています。 ここで、読み間違いが発生するのは、英語と日本語の違いがあるかもしれません。 すなわち、But"以下の理由のところです。 この強化の理由が潜在的危険性が検出されたからとはかかれておらず(GMOに起因する特有の危険性は見つからないとかかれている)、安全性をさらに検証し大衆の不安を和らげるためと明確にかかれています(大衆の疑問に答えるため)。 あたりまえのことですし、 どこにもGMOのみに潜在的な危険性があるとはいっていません。このとき、科学的に重要なことは何と比べてかということで、前段にもあるように従来と比べてということです。  日本のまたまたつまみ食い報道(誤訳)は事態を悪化させるだけです。 but の前後の論理関係の誤訳です(現在流通しているGMOは安全であり、GMOは危険(UNSAFE)である証拠は現在までのところみつからないがしかし(BUT)安全強化と信頼醸成のためにさらにモニタリングと審査を協調的におこない信頼を得ていくべきであるというような流れで訳すべきです)関係方面は直ちに報道の訂正を要求すべきです。 この場合のButは前後の内容の逆説すなわち”安全である”がしかし”さらに安全を強化せよ”ということになります。 ”今安全だが潜在的危険性がある”というのは解釈のひとつのやりかたに過ぎません(当然そうなると何と比べてかということになり、ご存知の議論になります(従来品も危険性がある)。 報道するなら、日本の記者の生読みで要約するのではなく、当該コメントの全文の和訳を載せるべきです。 これを聞いた大衆がどう反応するかは別の問題です。生知識による解釈が憶測を生み一人歩きして騒乱を拡大してしまいます。 両サイドの情報を公平に正確にわかりやすく伝えるべきでそれがマスコミの役割ではないですかね。 だれが新聞記者に解釈の権利をあたえたのですか。 この問題があたえる社会的経済的コストの膨大さを少しでも考えたら、こんなつまみ食い報道はゆるされないでしょう。 もしそうなら、マスコミは偏向(公平な報道ではなく記者の意見の流布を)してもよいことになります。 誤訳で日本が第二次大戦に参戦してしまったといわれますが、日本語と英語の体系の違いと文章の生読みの習慣は依然治らないですね。

ところで、アメリカ本国では自国語で原典が流れているはずですから議論できるでしょうが日本ではこの原典を紹介せずにただ受けうりで解釈の入ったNWTimesなどの記事をしかもはしょってながしたり、原典を生読みしてみたりしている情報提供の問題は大きいと思います。 流れていうるうちにとんでもない情報に化けてしまうのは、戦前戦中の数々の例にとるまでもなく、最近でもオイルショックの時のトイレットペーパー騒ぎ、去る銀行の取り付け騒ぎやくち裂け女の騒動などいくつも繰り返されています。

     The complete report is available on the Internet at http://www.national-academies.org.

 

 

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