除草剤耐性作物による農産物の品質と安全性の向上

 

近年、遺伝子組換え技術を利用した除草剤抵抗性作物が次々と実用化されている。ISAAA(International Service for the Acquisition of Agri-Biotech Applications)のまとめによると、1997年に全世界で栽培された遺伝子組換え作物は1,280万ヘクタールであるが、そのうち除草剤抵抗性作物は54%の690万Haに達している(1)。作物別にはダイズが510万Haと最も多く、ついでナタネが120万Ha、ワタが40万Ha、トウモロコシが20万Haとなっている(表1)。これら除草剤抵抗性作物の中で最も普及が進んでいるグリホサート抵抗性ダイズを見ると、実用化した1996年には米国ダイズ作付け面積の2%であったが、1997年には13%そして1998年には30%シェアとなっており、その普及スピードは急速なものとなっている。

ここでは、このグリホサート抵抗性ダイズに焦点を絞り、急速な普及の背景にある様々なメリットについて実証データを交えながら概説し、その農業生産へのインパクトについてまとめてみた。

 

1.グリホサートの特性及び抵抗性作物の開発意図

 

除草剤抵抗性作物の開発意図やメリットを理解する上で、対象となる除草剤の特性を十分理解することが重要である。そこで、まずグリホサートの特性についてまとめる。

グリホサート(N-(phosphonomethyl)glycine、図1)は、ラウンドアップの有効成分として知られている非選択性茎葉処理型除草剤である(2,3)。グリホサートは、植物において芳香族アミノ酸の生合成経路の初期過程に位置するシキミ酸経路中の5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸合成酵素(EPSPS)を標的酵素として特異的に結合し、その活性を阻害することが知られている(4)。このEPSPSは全ての植物に存在する事から、グリホサートは一年生のイネ科、広葉雑草や多年生のイネ科、広葉雑草から雑潅木類まで幅広い雑草種に非選択的殺草効果を示すと同時に、作物にも殺草作用を示す。

グリホサートの哺乳動物、鳥類及び魚類に対する生物毒性は極めて低く(3)、毒・劇物法による分類では普通物であり、魚毒性はA類に属する。さらに、米国環境保護庁によって、ヒトに対する発ガン作用がないとするカテゴリーEに分類されている。またグリホサートは、土壌中では土壌粒子と速やかに結合し不活性化され、引き続き土壌微生物によって容易に炭酸ガス等に分解されるため土壌残留性は極めて低い。

グリホサート抵抗性作物は、グリホサートの作物生育期処理を可能とし、その結果、作物栽培場面において高い雑草防除効果と安全性をもつ新しい雑草防除手段を提供し得る技術として、古くから多くの研究がなされてきた。しかしながら、自然突然変異や細胞・組織培養変異を利用した従来の育種手法ではグリホサート抵抗性系統の作出は困難であった(5)。そこで、モンサント社では1980代初期より遺伝子組換え技術を利用した抵抗性付与が検討された。

 

2.グリホサート抵抗性作物の開発経緯

 

遺伝子組換え技術を利用したグリホサート抵抗性付与のアプローチとして1)グリホサートの標的酵素であるEPSPSの過剰生産、2)グリホサート抵抗性(非感受型)EPSPSの導入そして3)グリホサート分解酵素の導入が検討された。その結果、2)及び3)のアプローチより、それぞれCP4 EPSPS遺伝子及びGOX遺伝子が選ばれた(5) (図2)。グリホサート抵抗性ダイズではCP4EPSPS遺伝子単独で、ナタネではCP4EPSPS及びGOX遺伝子によってグリホサート抵抗性が付与されている。

グリホサート抵抗性ダイズ(40-3-2系統)は、米国において1989年以来延べ450ヶ所以上の圃場試験で評価され、その抵抗性が実用レベルであることが圃場レベルで実証された。これらの試験では、環境に対する影響、食品、飼料としての安全性があわせて検討された。その結果、本ダイズは環境への影響、食品・飼料としての栄養価や安全性について従来のダイズとなんら差違無きことが確認され、米国農務省(USDA)及び米国食品医薬品局(FDA)の確認を経て、1996年より米国内での商業栽培が開始された。

我が国でも、1995年に農林水産省の環境安全性評価指針に準じて模擬的環境下での栽培試験が行われ、本ダイズが、形態・生育特性、雑草化に関る諸特性、植物相・土壌微生物相・昆虫相への影響及び病害虫感受性について、従来のダイズと差異がないことが確認された。また、食品としての安全性についても、厚生省が策定した指針に基づいて1996年9月に確認を受けた。

米国では、1996年より100社以上の種苗会社がグリホサート抵抗性ダイズ品種を商品化している。種苗会社は上述したRRS 40-3-2系統を交配母本として、各種苗会社が所有するダイズ品種に従来の育種方法の一つである戻し交雑育種法でグリホサート抵抗性を導入し、「ラウンドアップ・レディー(Roundup Ready)」という商標名のもと商品化している。

なお、グリホサート抵抗性ナタネも、同様の研究・開発及び認可プロセスを経て1996年よりカナダにて実用化された。

 

. グリホサート抵抗性ダイズのメリット

 

前述の通り、グリホサート抵抗性ダイズは、実用化3年目にして米国の作付け面積の30%強を占めるほど急速な普及を遂げている。これは当該技術がダイズ生産農家に非常に大きなメリットをもたらしていることにほかならない。ここでは、グリホサート抵抗性ダイズのメリットについて実証データも交えて列挙する。

 

1)低コスト化

 米国のダイズ栽培農家は、従来1作期2〜5剤の除草剤を、2回から多いところでは5回に分けて散布し雑草防除を行っている。一方、グリホサート抵抗性ダイズでは、グリホサート剤1回(雑草の発生が多い地域でも2回)の散布で雑草を防除する事ができる。その結果、農家は除草剤費を1エーカーあたり約5から10ドル削減することができ、また散布回数の削減に伴う機械・燃料費用の節約が達成される。

 

2)増収効果

 グリホサートの卓越した除草効果とダイズへの高い安全性より、雑草害及び薬害が最小化され収量は平均5%増加した。

 

3)高品質化

 難防除雑草の発生が多い地域では、グリホサートの卓越した除草効果によって、雑草種子の収穫物への混入率が低下し、品質が向上している。

 

4)不耕起栽培への適用性

現在米国では、畑の耕起によって表面の肥沃な土壌が風や雨で流亡する事が大きな問題となっている。米国農務省によれば、毎年27億トン以上の土壌が風雨の侵食で耕地から流亡しているとされている(6)。畑を耕さずに作物を栽培する不耕起栽培は土壌流亡を防ぐ手段として推奨されているが、不耕起栽培の場合は耕起による物理的雑草防除が行えず、しかも不耕起畑に多い多年生雑草を効果的に防除できる除草剤がなかったことから普及は進んでいない。グリホサート抵抗性ダイズは、ダイズ生育期に多年生雑草を含めた雑草全般を防除しうる不耕起栽培技術として導入されている。1997年にグリホサート抵抗性ダイズを栽培した農家の56%が不耕起栽培を行っていることからも、本技術の不耕起栽培への高い適用性が示唆される。

また、耕起作業の省略により燃料費用が20から40%削減され、総生産費も10から20%削減されている。

 

5)農薬使用量の削減

1996年にグリホサート抵抗性ダイズ使用農家1,058件を対象に、除草剤使用量の調査を行った。その結果、グリホサート抵抗性ダイズにおける除草剤の使用量は、慣行の除草剤体系と比較して最大39%減少した(図3)。

 

4.グリホサート抵抗性ナタネにおけるメリット

 

カナダにおいて1996年に実用化したグリホサート抵抗性ナタネでも、ダイズ同様、生産性の向上や環境保全等にメリットが見られるが、ナタネではとりわけ品質向上効果が大きなメリットとなっている。

カナダのナタネ栽培における難防除雑草の一つノハラガラシ(Sinapsis arvensis)は、その種子中に動物の心筋や骨格筋に病的変化をもたらすとされるエルシン酸や、甲状腺肥大などの障害をもたらすグルコシノレートを含んでいる。従来の除草剤ではこの雑草の防除は困難であるため、当雑草種子の収穫物への混入によって油や油粕飼料の品質が低下する場合がある。グリホサート抵抗性ナタネでは、当該雑草を完全に防除する事ができるので、品質向上に大きく貢献している。雑草混入率の低下によって、非除草剤耐性品種では1等級比率は63%であったのに対し、除草剤抵抗性品種では85%であった。

また、ノハラガラシや前作のコムギや大麦の自生が多い畑では、これらを発生後の耕起作業によって防除する場合が多い。このときナタネは通常より晩播される事になるため、収穫期に霜害を受ける危険性が高くなる。ナタネは収穫期に霜害にあうと種子の油中に葉緑素を含み品質が低下する。グリホサートによる雑草防除体系では、適期播種後に上述の雑草を防除できるため霜害による品質低下を防ぐ事が可能となる。

 

5.おわりに

 

 除草剤抵抗性作物について、農家への経済的メリットしかなく、除草剤の使用量を増加させ、それに伴って環境を汚染するとの懸念が時に聞かれる。しかしながら、実用化されて概ね3年が経過した除草剤抵抗性作物の現状を見ると、以上述べてきたように、当該技術は農家の収益性を向上させるのみならず、除草剤の使用量を削減したり、不耕起栽培の普及を促進するなど環境保全にも貢献することが実証されてきている。

50年後には現在の2倍とも推定される急速に増大する世界人口を支えるためには、飛躍的な農業生産性の向上が必要と予想される。そして、急増する人口を支えるべく農耕地が拡大するのに伴い、環境保全に対してもより一層の配慮が必要となるであろう。こうした中、除草剤抵抗性作物は、これら両面のニーズに応えうる技術として今後も農作物生産に寄与しうるものと考えられる。

 

引用文献

 

1) Clive James, ISAAA Briefs,1-39 (1998)

2)   Baird, North Cent. Weed Control Conf. 24, 64-68(1971)

3)   J. Malik, G. Barry and G. Kishore, BioFactors. 2, 17-25 (1989)

4)   H. C. Steinrucken, and N. Amrhein, Biochem. Biophys. Res. Comm. 94, 1207-1212(1980)

5)                         眞鍋忠久,植物の化学調節. 33(1), 81-87 (1998)

6)  National Research Council, Soil Conservation, National Academy Press, Washington D.C. Vol. 1 and 2(1986)

 

図1   グリホサートの構造式

 

 

 

図2   グリホサート抵抗性のメカニズム

図はシキミ酸合成経路の一部である。グリホサート抵抗性作物では、グリホサート存在下で内性EPSPS活性が阻害されてもCP4 EPSPSによって正常に芳香族アミノ酸が生産される。また、GOXによってグリホサートは無毒化される。


 

3  グリホサート抵抗性ダイズにおける除草剤削減効果(1996年、米国)

*      7,100農家の調査に基づく(Maritz, Inc., Sparks Companies, Inc.による調査)

**     1,058農家の調査に基づく(Marketing Horizonsによる調査)

 

 

1 除草剤抵抗性作物の普及状況(1997年)                              

作物           対象除草剤                  作付け面積    主要生産国

ダイズ         グリホサート                510万Ha      米国、アルゼンチン

ナタネ         グリホサート、グルホシネート 120           カナダ

ワタ           グリホサート、ブロモキシニル  40          米国

トウモロコシ   グルホシネート               20          米国          

 

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