植物の細胞質ネットワークの分子構成と細胞生産における役割 2000年12月31日


T 細胞の空間構造と遺伝子発現ーCYTOMICS

  生物生産の基本である生命現象は、細胞内の多様な分子の相互作用の積み上げと相互連関からなっている。これら分子の相互作用は、外界や内部の情報伝達分子によるシグナルトランスダクションにより、膜系や細胞骨格などを媒体として立体的に制御されている。従って、ゲノムプロジェクトの進展、分子レベルの観察手段や情報処理技術の進歩など新しい細胞観に基づいた、これら分子の3次元的相互作用の解析とシグナル伝達因子の解明は、近年、重点分野として取り上げられている分子細胞生物学的アプローチの基本となるものであると同時に、バイオテクノロジーのみらず生物の環境応答、遺伝子発現、分化、有用物質の生産、病虫害の制御など生物を利用した生産や環境保全の技術の開発に不可欠である。 このような細胞の動的立体構造に着目し細胞を研究する研究領域をわれわれは”Cytomics"とよび、このニューサイエンスはポストゲノムサイエンスの中心的研究領域のひとつとして位置付けられる。

U 遺伝子発現における細胞骨格の役割

(1) Cytomicsと細胞骨格

  Cytomicsの研究において細胞骨格ないし細胞内マトリックスが果たすシグナルトランスダクションや遺伝子発現における重要な役割が急速に認識されつつある。細胞骨格はその会合ファクターとともに、植物細胞においては、ホルモンやストレス受容、重力屈性、フォスファチジルイノシトール回路の保持、感染、ベシクルやオルガネラの輸送、あるいはmRNAの輸送、リボソームの集合、やプロテインボディの生成など細胞質タンパク質合成において、研究が進んでいる。植物細胞におけるこのような研究の重要性は私と共同研究者が以前より提唱しており、1992年に全国の農学部に先駆けて分子細胞生物学研究室を開設し、すでに10報以上の論文と4編の著書などを通して国際的に主張してきたことである。しかしながら、植物細胞においては、植物特有と思われる部分があるにも関わらず、細胞骨格と遺伝子発現に関わる構造的因子の分子的解明の進展は緩慢であり、動物での研究とのアナロジーが中心であるといっても過言ではない。特に、細胞骨格の主要素としてアクチンからなるマイクロフィラメント、チューブリンからなる微小管、デスミンなどからなる中間系フィラメントが中心に考えられているが、植物においては中間系フィラメントは確立しておらず、しかもアクチンとチューブリンは存在するものの、量的には動物で知られているような主要な成分ではない。これらのことは、植物の細胞質マトリックス構造を考える上で見逃せない観点を与えていることは明白である。

(2)胞骨格と遺伝子発現の局在

  細胞質中では、これまで細胞質中で合成されたペプチドのシグナル配列などでそれらのターゲッティングが説明されてきたが、最近、トウモロコシの種子のタンパク質顆粒の生成において、ペプチド合成自体が、われわれの提唱していたように、細胞骨格に伴って局在化し、またカッソウ類の接合子の発生において、mRNAの細胞骨格依存性局在化が、プライマリーターゲッティングであることが示された。 このような局在の仕組みとして合成途上のペプチドの細胞骨格への結合、リボソーム自体の細胞骨格への結合、mRNAの細胞骨格への結合、およびこれらの組み合わせの4つの様式が考えられる。 これらのことは、当該ペプチドのシグナル配列以外にも、mRNAやポリソームの部位特異的輸送や局在化の因子が、遺伝子発現のターゲッティングや、厳密な発現制御に重要な役割を果たしていることを示している。 ーー>細胞骨格結合ポリソームによるタンパク質合成

(3) 3’UTRの役割ー遺伝子がコードするアミノ酸配列、すなわちタンパク質が同じであってもそれをコードするmRNAの非翻訳領域、特に3’側の配列(3’UTR:3’untranslated region)がmRNAの細胞骨格への局在に重要な役割を果たすことが報告されてきている。 これらの証拠は細胞骨格にリボソームが結合して細胞における3次元的遺伝子発現と細胞構造の構築を行っていることを示している。

V. 植物における細胞骨格系の探索

  一方、最近、これまで報告されていないリボソームを係留するフィラメントが本研究室において確認されている。 また、種々の細胞構造の生化学的基礎となる細胞分画法において、1970年頃に開発された膜・非膜系を基礎においた分画法がよく使われている。しかしながら、私と共同研究者が指摘しているように、従来から言われている膜系画分においても、多くの細胞骨格、あるいは、細胞質ネットワークが、ERやリボソームとともに予想以上に強い結合をなして存在し、このような細胞分画法自体の価値、従ってそれに基礎をおいた生化学的アプローチの価値を問い直す必要がある。このような植物細胞における未知の要素を含む構造因子間の強い結合のために、容易にそれらを分離する適当な方法がないことは、分子レベルの研究にとって大きな障害であった。同時に細胞の特定構造や、それに関わる成分がつくる構造を抽出分離し観察することも重要である。

  当研究室はこのような難分離性の植物細胞骨格及びリボソーム結合体より、ヘパリンに対するアフィニティーの違いにより、リボソーム粒子を含めたいくつかの構造因子並びに会合因子を分離・分画する方法を開発し、分離された10種類以上の主要なタンパク質についてその構造の解析を進めている。ところが、これらの多くは、細胞質中での存在量が多い主要なバンドを形成するものであっても、その局在や機能が十分わかっていないもの、あるいはこれまでに報告のないものが大半である。これらは細胞質の未知の繊維系やその会合因子に関わると思われるものや、リボソームを強く凝集させるものや、mRNAの輸送をはじめ、トランスレーションの因子と思われるもの、などに大別される。特に、当研究室が最近報告した、リボソームを凝集させるタンパク質は細胞骨格画分に存在する、ヘパリンに強いアフィニティのあるタンパク質で、ラットのシャットリングタンパク質である、Nopp140と高いホモロジーがあり、植物細胞RNAやリボソームのシャットリングの役割を持つとも考えられている。

  しかし、これらのタンパク質の細胞構造との関わりや、正確な機能については全く明らかになっていない。このように、細胞質におけるリボソームに次いで主要な構造的タンパク質群の多くが未解明であることは驚きに値する。しかしながら、細胞質の高次構造のダイナミズムと遺伝子発現は、細胞の生産性の基盤であり、これらの分子レベルでの細胞形態を含めた解明、すなわち、分子細胞生物学的アプローチは、植物のCytomicsを研究するには不可欠である。

  また、植物細胞の遺伝子発現にかかわる未知のフィラメント系の存在の可能性と、その分子構造を探るために、細胞骨格画分に存在するリボソームと細胞骨格、あるいは、細胞質マトリックスよりなるトランスレーションユニットを構成するタンパク質を、核酸のアナログであるヘパリンに対するアフィニティーを用いて分離し、さらに、カラムクロマトグラフィーや2次元電気泳動などにより精製した後、これらのタンパク質の酵素活性や生化学的性質、in situでの局在、リボソームを係留する新フィラメント系などを探索し、それらのタンパク質の遺伝子発現における役割と細胞の形態形成を分子細胞生物学的に明らかにする。

  このような細胞の構造形成と生産性に関わる分子細胞生物学的研究を強力に支援するため、DNAシーケンサーなどのこれまでの分生物学的研究機器に加えクライオミクロトーム、凍結割断装置やタンパク質精製装置等の周辺機器を含む300kVのハイコントラスト用、IP記録分析電子顕微鏡(2億3千万円の大学院最先端設備)を平成8年度末に導入し、すでにいくつかのリボソームと結合する繊維系を見つけており、これに加えて十数種の細胞骨格画分タンパク質とそれをコードする遺伝子の構造解析を進めている。

 

参考図書

Actin in protein synthesis and protein body formation. (ACTIN: A DYNAMIC FRAMEWORK FOR MULTIPLE PLANT CELL FUNCTIONS 2000)

The role of the cytoskeleton in plant protein synthesis. (A Look Beyond Transcription: Mechanisms Determining mRNA Stability and Translation in Plants  1998)

The Plant Cytoskeleton(The Cytoskeleton vol 3 1996)

Methods for isolation and analysis of polyribosomes. Methods in Plant Cell Biology 50B(1995), Chapter 15 

Methods for isolation and analysis of the cytoskeleton. Methods in Plant Cell Biology 50B(1995), Chapter 16


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