分子細胞生物学の体系と植物分子細胞生物学             1998.5.21 copy right 1998 Shunnosuke Abe

 

 本研究室が植物をあつかう分子細胞生物学研究室として1991年に発足してから、はや7年がたち、設立当初はほとんど一般性がなかったことを思うと、実に様がわりした今日このごろです。また、どうして植物分子生物学にしないのかという疑問も当時出されました。そこで、このページで分子細胞生物学とはどのような体系をもつものなのかそして、どうして植物に限定せず種々の生物を扱おうとしているのかをを少し考えてみましょう。

  生理学のような個別の問題を扱う学問では、生理学(動物)、細胞生理学、植物生理学などをはじめ生物の数ほど学問が存在する必然性があります。その理由は循環器系(高等動物)と維管束系(高等植物)あるいは心臓はじめ臓器の存在、栄養要求性(従属か独立か)、ホルモン、等々生物種間において多くの差異が存在し研究対象が特定の生命現象であることが多いためです。さらに、これらの個別の学問領域は細分化し専門性を狭く深めていく宿命があります。また、細胞という普遍的基礎にたっているにもかかわらず、千変万化ともいえる細胞の形態と機能のせいで細胞生物学も同様な傾向にあります。一方で分子生物学はこのように拡散した生物学の体系を一つに収束する重要な学問体系であることはよくしられていることです。これは生命の普遍的現象として自己複製(遺伝)が核酸というひとつの化学種に還元されるからです。

 さて、分子細胞生物学は遺伝子や細胞構造そしてそれらに基礎を置く細胞機能および生命の成り立ちを研究する学問なので基本的には動物と共通であり、このような分子細胞生物学の体系からすると動物や植物あるいは細菌などを同時に扱うことが容易となります。 遺伝子や細胞の化学成分や細胞構造、進化などの面で共通性や連続性があり、また遺伝子発現には細胞の3次元的成り立ちが不可欠であるからです。 遺伝子DNAを培養液に入れておいても生命にはならないことを考えてみるといいでしょう。 これは生命体における化学反応(たとえば代謝や転写)だけを明らかにしても生命の理解は十分でないことを意味しているわけで、遺伝子があって細胞の構造が維持される一方、細胞の構造があって始めて遺伝子が意味のある機能をするという両者の対等関係を十分に理解しなければなりません。このような”ニワトリと卵”の関係を突き詰めていくと、結局、細胞も遺伝子もなかった何十億年かまえの生命の起源以前に戻らなくてはならないことは明白です。そして、人間が認識する生命とはどういうものなのか、どういう理解をすればよいのかということも必要でしょう。すなわち、実在の生命は種々の生化学的、分子生物学的、物理学的過程の構造的連関の単位である細胞を基本としたそれよりも高次の営みであるという理解は大変重要です。このような観点においては生物種間のちがいは個別的ではあるけれども本質的ではありません。

 たとえば、分子細胞生物学のもととなったBaltimoreらの”Molecular Cell Biology"は1,200ページほどもある本で、そのなかに、生化学、生物物理学、分子生物学、細胞生物学の知識や研究法が体系化されいることに気づくでしょう。これらの多くは実在の生命の共通項であって、これらに植物固有の問題を付け加えたとしても植物分子生物学ということは困難であるでしょう。しかし、植物固有の問題や一般的問題の植物版だけを抽出して部分的に体系化すれば植物分子生物学というカテゴリーは可能でしょう。しかし、分子細胞生物学においては、ある細胞現象があったとき、遺伝子と細胞の進化の連続性のせいで、その分子的過程においては、動物では、植物では、酵母では、など種普遍的に記述することが容易であります。このようなことは、生命の設計を視野に入れたときさらに明確になることが分かるはずです。このように考えれば、分子細胞生物学は細胞レベルの生命現象の統合の学問体系であることは理解できると思います。生物学的分類における植物は、動物と同様にすべて真核生物に属すると考えてよく、生理学におけるような根本的な差異はないと考えていいでしょう。研究の都合上、対象によって植物分子細胞生物学だとか染色体分子細胞生物学だとかの区分は便利であることもあります。 植物に限定すると植物生理学とのちがいがはっきりしなくなるきらいがあります。

 以上のようなことから、我々は植物固有の問題を扱いながら動・植物あるいはすべての生物について対等な見方をする必要があり、実践しているわけです。近い将来、生命の設計が可能になってくればこのような総合的な体系が重要になってくるはずです。そして、そのような体系の成熟にともない、個別の知識や技術の分科が再び進行していくでしょう。

 そして今後バイオテクノロジーは、このような分子細胞生物学の知識の応用編として発展と充実の時代を迎えようとしています。ーー>薮田セミナー要旨集参照

分子細胞生物学と細胞骨格、膜、細胞小器官

植物分子細胞生物学

分子細胞生物学研究室設立文書

 

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