3次元の遺伝子と分子細胞生物学について

 

 分子生物学は遺伝子の化学を中心とし、生命の本質を解明する学問として期待され発展してきた。現在、原核生物においては、多くの場合、この分子生物学的観点から代謝生理について説明できる。このような観点から全遺伝子配列決定プロジェクトなどが推進されてきた。しかしながら、高等多細胞生物においては、そう簡単ではない。細胞の構造によって遺伝子発現が大きく異なり、同じゲノムを有していても、どういう細胞にそれが存在するかにより運命が著しく異なるからである。細胞の形態や構造およびそれらの生理に関する生物学の分野は細胞生物学である。一方、細胞の構造や形態およびそれらの生理は遺伝子発現すなわち分子生物学と構成分子の化学、すなわち生化学と不可分の関係にある。したがって、真核生物の生命現象の総合的理解においてこれらの学問体系を集約することが重要であり、これが分子細胞生物学である。すなわち、分子細胞生物学は、すべての分子の立体的相互作用を含む生命現象の根源的理解を目的とする学問領域であるといえる。

 原核生物の生命現象の解明に華々しい成果を上げた純然たる分子生物学は、真核生物においても遺伝子の構造と転写調節の解明によりすべて説明でき、ただ単に真核生物と原核生物の相違点はゲノムが大きく、イントロンが存在し、より多くの転写調節因子を持つことであるという、量的問題点のみであると考える。しかしながら、単純な量的問題点も、その要素と系の数が増大すると、それらの組み合わせからなる生命現象の事象の数は天文学的数字となり、事実上解析不能となるに違いない。現在わかっている遺伝子の数より、多種多様な生物を総合的に理解するには新たな観点を導入する必要がある。また、現存の原核生物は、それなりに進化し、また、ライフサイクルが短いことを考慮すると、高等真核生物とは意外と遠い生物である。ここで重要なことは、細胞の形態や分化に関する情報は遺伝子DNA,すなわちゲノムにのみ局在すると考えないほうがよい。少なくとも、遺伝子DNAを、その主要な構成成分とする精子と、多くの細胞質成分と構造を持つ卵子の自立性の違いは重要な観点を提供するであろう。すなわち、転写調節因子の単純な羅列ではなく、生命の起源よりずっと進化しながら受け継がれてきた細胞質の構造が遺伝子の“正しい発現”に不可欠であると考えられる。このような観点に立てば、複雑な分子構成と天文学的な数の相互作用がいくつかにまとめられ、3次元の遺伝子として認識しうるとすれば、生命の理解にとって極めて有益ではなかろうか。このような“遺伝子”の候補としてあげられているのが内膜系(endomembrane)並びに細胞骨格系(cytoskeleton)である。 これらの両方の系は相互に関連するとともに、遺伝子発現の最終段階をつかさどるタンパク質合成器官であるリボソームが結合しており、細胞の分化や成長の方向性を決定づけている。 植物においては細胞骨格結合リボソームの存在や細胞骨格と内膜系との会合を疑問視する向きもあるが、我々はこれらの結合や会合と機能に関する決定的な証拠を得つつある。

 

 


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