フナに学ぶ水産バイオテクノロジー

小野里坦

(鰹シ本微生物研究所)

 

 フナの繁殖法は実にユニークです。フナの卵にウグイの精子をかけてもコイの精子をかけても雑種にならず、すべてフナが生まれてきます。子供は全個体が雌で、しかも母親と遺伝的に等しいクローンとなります。その理由は精子を単なる発生開始の刺激としてのみ利用し、遺伝的には関わらせないからです。精子由来の染色体を受け取らなくとも子の染色体数を減らさないために、配偶子形成の際、減数分裂をスキップさせています。さらに興味深いことに、これらのフナは3倍体もしくは4倍体なのです。2倍体フナも居りますが、こちらは通常の繁殖を行い、雌雄共に生れてきます。しかし、自然界で2倍体の割合は3040%に過ぎませんので、フナは圧倒的に雌が多いことになります。

 雌だけを産む、母親の遺伝的コピーを作る、倍数体が存在するというフナの繁殖特性は水産育種学的観点から見直しますと、雌雄の産み分け、優良な形質の遺伝的固定、倍数体育種に利用できそうです。そこで、一般の魚類を使ってフナの繁殖を人為的に誘起する研究に移りました。

 精子に予めガンマー線や紫外線を照射して遺伝的に不活化させておきます。この精子を受精させますと半数体となり育ちません。そこで、卵割時に卵割を阻止することにより染色体を倍数化させますと、母親の遺伝子しか持たない子が生まれ、全雌となります。この発生法を雌性発生と呼んでいますが、これを2世代に亘って繰り返しますとクローンが得られます。

逆に、卵を遺伝的に不活化させ正常な精子を受精させて染色体を倍数化しますと父親の遺伝子のみを持った子が得られます(雄性発生)。X精子からはXXの雌が、Y精子からはYYという特殊な雄が得られます。これを通常の雌に交配しますと子は全雄となります。

 絶滅危惧種の精子を凍結保存しておけば、不幸にしてその種が絶滅した後でも、近縁種の卵を借りてこの手法でその種を復活させることができます。この方法で、サクラマスの卵を用いて精子から復活させたアマゴの写真を図ー1に示します。

 

図ー1. 凍結保存精子から作出したアマゴ

 
 


 サクラマスの卵を用いているが、卵の核染色体が完全に破壊されたため、アマゴが復活している。

 
 

 

 


 通常に受精させ、第2減数分裂を阻止しますと3倍体が、卵割を阻止しますと4倍体が得られます。降海型のサケは成熟すると母川に回帰し、産卵すると全個体が死亡します。ところが、3倍体にしておきますと成熟年齢に達しても成熟が起こらないために、死ぬことができず、寿命が延び大型になります。

このような不思議な繁殖をするフナは雑種起源と考えられています。この雑種起源をヒントに、現在、複2倍体作出の研究を行っています。複2倍体とは両親種の染色体を2セットずつ有す一種の4倍体です。異種間で交配しますと、致死であったり不妊であったり〔図-2左〕、たとえ、妊性がある場合でも雑種同士の交配を繰り返しますと、対立遺伝子はいずれかの種のものに固定され、F1に見られる雑種強勢は崩壊してしまいます。ところが、複2倍体では致死が生存性に変わり、不妊が妊性に変わり(図―2)、永久に雑種強勢が維持されます。さらに初代は雌雄1:1ですが、2代目は全雌、もしくは全雄でしかもクローンになり、3代目以降は再び雌雄が1:1に分離します。しかも、兄妹交配を繰り返しても近交弱勢が全く現れないと予想されます。現在この仮説の実証に取り組んでいます。

 

図―2. 雑種モツゴの卵巣の顕微鏡写真

 

 

テキスト ボックス: 左はモツゴとシナイモツゴの雑種の卵巣 発達中の卵母細胞が見られず妊性を持たないことが判る。
右は同雑種の染色体を倍数化した複2倍体の卵巣 卵巣は発達中の卵母細胞によって占められ、妊性の回復が予想される。

 

 

 

 

 

小野里 坦(おのざとひろし)   プロフィール  

 

昭和37年 北海道大学水産学部卒 その後同大学の修士、博士課程をへて

昭和42年 日本学術振興会奨励研究員

昭和43年 北海道大学助手 その後助教授をへて

昭和61年 農林水産省養殖研究所細胞工学研究室長 その後遺伝育種部長をへて

平成 6年 信州大学教授

平成17年 同大学名誉教授 鰹シ本微生物研究所顧問

趣味   登山、スノーシュー、ダイビング、旅行

 

 

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