ゲノムのお散歩ー原ガン遺伝子RAFファミリーの協調進化ーヒト3番染色体 3p25 syntenyの役割、基礎研究と応用研究の接点 Co-ordinated evolution of SYN, PPAR, MKRN, and proto-oncogene RAF families from fish to human and the role of human 3p25 synteny.

魚類成長ホルモン研究が解明したメタボリックシンドローム関連遺伝子群の協調進化 農学博士 阿部 俊之助 愛媛大学農学部分子細胞生理学分野教授 特定非営利活動法人 資源・環境対策協議会 理事長

 

 ヒトの3番染色体の短椀の端のほう(3p25)にはヒトの神経シナプスの形成に役割を果たし精神分裂病などにも関係するとされる遺伝子(シナプシン2、SYN2)や脂肪細胞などの代謝や肥満や糖尿病などのほかアポトーシスや抗ガンにも関係した遺伝子(PPARG,   PPARγ(gamma:ガンマ) とも表記されます)および機能は不明なMKRN2という遺伝子が並ぶ側と逆方向のDNA鎖上にRAF1RAF)という細胞の増殖や抗がん剤耐性などに関わる原ガン遺伝子があります。このRAF1RAFファミリー遺伝子の一つです。 RAF1は、タバコの煙により誘導される小細胞肺ガンの増殖にも関与しています。 また、RAF1は、MKRN2という遺伝子とアンチセンスをなしています(下図)。 また、RAF1のある側のストランドのSYN2のイントロンの逆鎖に、SYN2を抑制制御するTIMP4という遺伝子が並びます。当研究室における7年間にわたる地道な基礎研究の結果、これらの重要な遺伝子の並び(Synteny)は、魚類が進化していくときにでき、ヒトの3番、6番、7番、およびX染色体の一部および22番染色体遺伝子領域(長腕)の基本構造を作ったことが明らかになりました。 なぜ、この並びが脊椎動物の進化時に生じ、高度に保存されてきたのでしょうか。 それには、理由があるはずです。 SYN2-PPARG-MKRN2の並びのある側は、いわば分化を促すストランドで、SYN2を抑制するTIMPと細胞増殖因子RAF1のある側は、細胞の増殖を誘導する側にあたり、脊椎動物の進化と機能において、これら3p25の並びを保存する重要な意義があるものと思われます。すなわち、SYN2-PPARG-MKRN2の並びのある側が動けば、分化方向(分化のスイッチがON)というわけです。 また、22番染色体長腕の上端(22q11)には猫目症候群原因遺伝子群(Cat Eye Syntdrome (CES) Chromosome Region)があります。このCESという病気は、22番染色体の動原体に近いq11領域の部分トリゾミ−(重複)で起こる病気です。22番染色体の形成と進化  CESは、発生における器官や臓器の細かい分化の異常が生じるので、これらの遺伝子もやはり発生と分化に深く関わっていると考えられています。魚のような形に始まるヒトの胎児の成長の説明で、個体発生は系統発生(系統進化)を繰り返すといわれます。 ところが、明確に形態がわかるのは魚類様形態からであり、タコやイカ(軟体動物)あるいは三葉虫のような形態はなく、結局は約5億年前にさかのぼる脊椎動物のマクロ的な系統発生を繰り返しているように思われます。 このことは、ここで述べるような脊椎動物特有の遺伝子の並びの発生時期からの繰り返しに一致しており、このような遺伝子の並びの協調的進化は脊椎動物の進化と機能の形成に密接に寄与していると思われます。

3p25-synteny.gif (14173 バイト)

   さて、本題にもどると、この並びにある主要な4つの遺伝子は、少なくとも2つづつ組になり、それぞれが協調的に進化し、ヒトをはじめ哺乳類の染色体に散らばっていったことがわかりました。 それらは、ヒト染色体でいうと、6番(6p21)、7番(7q34)、22番(22q12-13)、および性染色体であるX染色体(Xp11)にあります。 これらの組み合わせは表−1に示しました。 これらのうち、遺伝子のmRNAの端(3’UTR)が逆鎖で重なり、アンチセンスとなるものは*で示してあります。  ヒトにおいてはシナプシンはSYN1-3まで、PPARAD=B)G(PPARの表記法)MKRNBRAFRAF1RAF)ARAF1,BRAF1,とそれぞれ3つの主要なパラログが存在します。 そのほか、WNT7FBLN, およびLARGE (KIAA0609)などもこれらにリンクしています。 3p25にはWNT7AFBLN23p25の下端にあり一連の並びの終端を示しています。LARGEは、トラフグゲノムでは3p25 Syntenyとの相関領域にありBRAFの近くに位置し、ヒトでは22q12にあるSYN3の近くに位置します。 

  このRAFファミリーのうちのBRAFBRAF)と呼ばれる遺伝子の点変異(1塩基置換)は、紫外線などによる皮膚ガンの原因の80%を占める皮膚ガンの原因遺伝子であることが、最近明らかにされて注目されています。 また、ほかに胃がんや肺がんの原因にもなることが知られてきています。

   PPARは、脊椎動物ゲノムが生じた際にできた遺伝子で、多量の脂肪の貯蔵や動態をコントロールすると考えられており私たちの成人病(糖尿病や肥満)は、いまから5億年もまえに運命付けられたといえるわけです。

 

染色体

 

位置

3p25 Synteny主要参照遺伝子のファミリーおよびそのメンバー

SYN

PPAR

MKRN

RAF

WNT

FBLN

LARGE

 3番染色体

3p25 

SYN2

PPARG

MKRN*

RAF1*

WNT7A

FBLN2

 

 6番染色体

6p21

 

PPARD

MKRNB

 

 

 

 

 7番染色体

7q34

 

 

MKRN1

BRAF1

 

 

 

22番染色体

22p12-13

SYN3

PPARA

 

 

WNT7B

FBLN1

LARGE

 X染色体

Xp11

SYN1*

 

 

ARAF1* 

 

 

 

さらに、魚類とカエルでこれまでに見つかっていなかったARAF1BRAF1を初めて同定し 、これまで、分岐時期がはっきりしなかったBRAFRAF1の分岐が魚類進化時にさかのぼること、および哺乳類にしかないと言われていたARAF遺伝子が魚類にもあることが示されRAF1との系統関係が明らかになりました。 原ガン遺伝子、RAFファミリーの系統樹 注:カエル(AB113400; AB122072, AB113401) ;魚類(AB120005AB113402AB115749; ゼブラフィッシュRAF1AB098700. また、これらの遺伝子群に加え、Wingless type MMTV integration site family遺伝子がこのSYN-RAF Syntenyにリンクしていることもわかりました。 このWNT7は発生の特定の時期や輸卵管と子宮の分化はじめ、子宮の機能などに重要な遺伝子で、子宮筋腫などにかかわる原ガン遺伝子でもあります。

Fuguなど魚類のRAF1と連関して存在するSYNBは、ブリにおいてヒトSYN2と同じ遺伝子がSYN2Bに変化する途中の証拠(cDNA上に偽エキソンが存在)が見つかるなど、RAF,SYN,PPARMKRNのより正確な系統樹を描くことができました。 その結果、もっとも古いもの同士の組み合わせが7番染色体の7q34にあるMKRN1-BRAF1および22番染色体の22q12−13領域にあるSYN3-PPARAです。 一方、3番染色体の3p25の並びのいずれのメンバーも中間に位置することがわかりました。もっとも新しい組み合わせは、X染色体のXp11に逆鎖上に一部が重なって存在するSYN1ARAF1であり, 3p25にある遺伝子の並びが進化してSYN2RAF1になるまえに分かれX染色体に移行したようです。 このことは、性染色体の進化を考える上で興味深い知見です。 さらに、これらすべての進化は魚類が陸上の4足動物と分かれるまえまでにすでに完了していると考えられました。 これらの遺伝子の並びの祖先の形成と進化の図

RAF, MKRN, PPAR, SYNの系統樹   

22番染色体の起源と進化ーさらに興味ある事実として、ヒト22番染色体の長腕の上端にある2211領域の猫目症候群遺伝子のうち端の2つとその領域の上端に位置するIL17Rも魚類のRAF‐MKRNの並びの中にみつかりました。 このことは、22番染色体の長腕のほとんど全部(PPARAq13SYN3q12; CECRq11)が3p25の祖先の並びを起源とし、それらの遺伝子の間に他の多くの遺伝子が発生したり挿入されたりして22番染色体の長腕(22番染色体の遺伝子領域)が生成したことを示唆しています。 このことは22番染色体の起源を知る上で極めて重要なことです(文献4、論文作成中日本農芸化学会中四国支部大会)。 *NCBIHuman Genome Resourcesによるとヒトの22番染色体には701個の遺伝子が同定されており、このすべてが約37Mbpの大きさの長腕(q領域)にあり、短腕(p領域)は、動原体やセントロメアなど、遺伝子のない繰り返しを含む領域となっています(Acrocentric Chromosome)。 従って、22番染色体においてはほぼすべての遺伝子(701個のうち627個)が、祖先型3p25 syntenyであるIL17RPPARAの間に位置することになります。 フグCECRcDNA: AB188117; Gene, BR000042); MKRN1 (cDNA, AB182269), CECR6 (cDNA, AB182272), IL17R (cDNA, AB182273 ). Gene: BR000039.  

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研究のはじめの意図には全くなかったこのような意外な発見は、これまで別々にしか考えられなかったこれらの重要な遺伝子の進化上の強い連関を初めて示し、ヒト染色体の進化のみならず機能的な連関の研究にも新たな視点を開くものと思われます。 

この研究において、重要なヒントを与え中心的役割を担ったのが、実用的魚種で分子生物学的にはほとんど注目されないハマチ(ブリ)であったことも、特記すべきです。このヒト3p25における遺伝子の並びの研究の発端は、ヒトにおけるこのMKRN2RAF1の位置関係ですが、このMKRN2という遺伝子は、当研究室で、ブリの成長ホルモン遺伝子を脳下垂体からクローニングする過程で、1994年に初めて発見されYGHL2 と命名されました。全cDNA配列が解析されたのは1996年のことで(DDBJ Acc#: D85881、文献1)、7300ベースにわたるゲノム領域解明は2002年のことです(参考文献2;AB086844) 。 それと平行して、我々は魚類では初めてブリからRAF1を分離し(2001年3月;AB049964)1年かかって3459ベースにわたる完全長RAF1 mRNAの構造を魚類で初めて解明しました(2002年1月AB057654;文献1、2)。 その後、独自にブリのRAF1の下流のゲノム領域を学生といっしょにとなりの遺伝子がでてくるまで4000ベースほどゲノムにそって読みつづけだわけで(Genomic Walking=ゲノムのお散歩)、よくぞここまで来たなと感慨を覚えるものです。 その領域に短いPPARGの偽遺伝子(遺伝子の化石)がみつかり、そのさらに上流の4000ベースまでの間にコードされるブリSYN2B遺伝子が、その3末端の非翻訳領域(3UTR)上にヒトのSYN2遺伝子の化石的構造をもっていることがみつかったことが、この領域の進化のなぞ解きに決定的な役割をはたしました(AB120365)。

  このもうひとつの化石とは、ヒトのSYN2aを特徴付けるシナプシンHドメインおよびEドメインをコードしていたエキソンがそのイントロン配列とともにmRNAの3’UTRに偽エキソンとして転写されていることです。 これらの化石領域は、全ゲノム解読が終了しているFuguでは、”GT”の繰り返し配列により置き換えられて消滅しています。 すなわち、魚類における短いSYN2Bは、もともとは、ヒトの3p25にあるSYN2遺伝子座と同じ起源であることを示し、またRAF1SYN2のつながりも古いものであることがわかります。 これをさらに決定づけたのは、全く異なる分類の魚類であるシロサケ(日本のサケ)、アトランティクサーモン(大西洋サケ)、およびニジマスといったサケ科魚類の同様なゲノム領域およびcDNA解析により、長いSYN2SYN2a)と短いSYN2SYN2b)を一つの遺伝子で作り分けるヒト型のSYN2遺伝子が魚類で発見されたことです(後述)。

  ゼブラフィッシュからRAF1をクローニングしたのは、ブリでの仕事の2年後であり、今年の2月にデーターを公開しています(AB098700)。 魚類におけるBRAF1はまずブリ(AB115749) 、次いでゼブラフィッシュ(AB113402)ARAF1はゼブラフィッシュ(AB120005)から、それぞれクローニングされました。

  我々が引き続いて解析を行ったサケのゲノムにおいては、SYN2-PPARG-RAF1の並びが完全に保存されていますが、RAFの下流でPPARGとの間に1500塩基対にわたって可動遺伝子が化石化して存在(OKTN16と命名)するほか、他の魚類では特定の繰り返し配列の存在に伴う遺伝子の破壊があるなど、この領域の進化的不安定性が認められ、ヒト3p25領域の不安定性と発ガンの関係についても関与が示唆されました。

   このサケでの解明においても、ブリで確認した情報は決定的な役割を果たしました。他の外国の研究グループによりすでに、PPARGの遺伝子領域として12,000塩基対ほどが読まれていましたが(データ-ベース登録番号:AJ416952)、それに続く遺伝子には達していませんでした。 そこで、我々は、PPARGのとなりはRAF1(側)とSYN2(5側)であると考え、ブリとゼブラフィッシュのRAF1 (AB057654;AB098700)SYN2 (AB120365 )の配列からサケのRAF1およびSYN2の下流領域の塩基配列を決定し、この配列とRAF1PPARGおよびPPARGSYN2の配列の間を橋渡しするPrimerを設計しゲノムPCRにより、RAF1PPARGAB110018)およびPPARGSYN2AB113381)との位置関係をいち早く決定し、16000塩基対にわたるゲノム領域をつなぐことができました(BR000025)。 さらに、RAF1PPARGの間の領域には、繰り返し配列である3000塩基対ほどのSSTN11 mRNA領域が偽遺伝子として挿入されていることも証明することができました(下図参照)。  のちにこのTc1-like elementは新規なタイプと判明し、現在はSSTN16と称しています。 また、日本のサケ(シロザケ)のSYN2-RAF1領域のゲノムコンティグ(約20000塩基対)も公開されています(AB210271)

 さらに、7年間にわたるこの一連のブリゲノムの解析で総計約50000塩基対を読み、その結果、ブリゲノムには、ヒトゲノムの形成の研究に役立つ情報が多くあるとともに、サケやゼブラダニオで見られるような大きな繰り返し配列がなく、ゲノムも比較的コンパクトであることなどがわかり、さらに実用的価値も高いことからブリにおいてもゲノムプロジェクトを実行すべきです。  シロサケSYN-RAF領域ゲノムコンティグ配列(AB210271

 本研究は、世界の2-3のトップ研究グループから興味をもたれており、一部の機能解明については、海外の著名な医学研究グループとの共同研究も開始されています。 今後の研究の進展次第では応用も開けてくるでしょう。 結果的には、いくつかの大型ゲノムプロジェクトでは困難な部分を、知りたいという欲求とアイディアでかいくぐった格好になりましたが、これまでに外部資金によるサポートは受けることができませんでしたが、本研究室で遂行を10年まえに決断していなければ、ここに紹介した研究は今だ存在しなかったことは確実です。 しかし、ここまで来るだけでも合計約10年を要しました。大学の独法化後は、これはなんだろう、この先はどうなっているのだろうというような、意義や方向性が最初からは定まらない知的興味に基づく基礎研究を、時間をかけてささやかに楽しむということを決断することは、特に地方大学においては、システム的に許されなくなるのはさびしい限りですが。 

これらの内容は参考文献1,2および、2003年9月21−25日に千葉、幕張メッセで開かれたMarine Biotechnology 国際会議においてPoster発表されました(P2-041)。 また、この課題に関するより詳細な論文がすでに出版されています。

Origin and evolution of the genomic region encoding RAF1, MKRN2, PPARG, and SYN2 in human chromosome 3p25. Shunnosuke Abe, Shigeki Chiba, Neena Mishra, Yasutaka Minamino, Hiroko Nakasuji Masanori Doi and Todd A. Gray,  Marine Biotechnology, 2004, 6S: 404-412

Origin and evolution of the Cat Eye Syndrome critical region in human chromosome 22q11

.   Shunnosuke Abe and Yusuke Kobayashi   日本農芸化学会中四国支部大会 2004年9月18

水産先端研究会 in 愛媛「魚類成長ホルモン研究が解明したメタボリックシンドローム関連遺伝子群の協調進化 農学博士 阿部 俊之助 愛媛大学農学部分子細胞生理学分野教授 特定非営利活動法人 資源・環境対策協議会 理事長 2008723日(水)

魚類成長ホルモンの組換え遺伝子手法による生産と栽培漁業における利用

その他参考文献

1. T Gray, K Azama, A. Min, M Drumm, S. Abe, and Rob Nicholls.,  2001 Phylogenetic conservation of the MAKORIN2 gene, encoding a multiple zinc-finger-protein, antisense to the c-RAF proto-oncogene  Genomics, 77(3): 119-126

2.Chhoun Chamnan,Shunnosuke Abe*, Masanori Doi, Shigeki Chiba and Todd A. Gray (2003).  The genomic organization of MKRN1, and expression profiles of MKRN1, MKRN2, and RAF1 in yellowtail fish (Seriola quinqueradiata).  Journal of Egyptian-German Society of Zoology 43C :57-75

3.RAFSYNPPAR、およびMKRN遺伝子ファミリーの相関的進化の解明とブリゲノム解析の果たした役割−阿部 俊之助、千葉 殖幹、土居 正宜、南埜 康隆、中筋 洋子、 Neena Mishra 日本農芸化学会中四国支部会 2004年1月24

 

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